誤情報・偽情報への対応(2025年7-8月号)
ニール・ホッジ(訳:鈴木英夫)[*]
かつて事実と虚構を見分けるのは今よりも容易であったが、AIの発達とインターネットの高速化により、虚偽の捏造は容易になった。こうしたコンテンツの一部は無害で無視できるものもあるが、かなりの量が瞬く間に多くの読者を獲得する可能性がある。こうした誤情報や偽情報が共有されればされるほど、それを暴くことは難しくなる。
偽情報の拡散の深刻さを軽視すべきではない。世界経済フォーラム(WEF)の2025年版グローバルリスク報告書は、政府による誤情報と偽情報が不安定化を助長し、権威への信頼を損ない得る大きなリスクだとして挙げている。また、この悪質な傾向の拡大は企業に悪影響を及ぼすと警告している。例えば、一部の業界における誤情報と偽情報は、成長と売上を阻害するおそれもあるのだ。バイオテクノロジーなどの分野では、バイオハッカーなどの非医療専門家が「効果が証明されていない」健康法やパフォーマンス向上策を宣伝し、実際には効果的で規制を受けている安全な治療法を批判するなど、深刻な問題となっている。
さらに、WEFは一部の国の政府が標的国の商品やサービスに関して、積極的な誤情報や偽情報のキャンペーンを扇動していると警告している。これにより国民の認識を硬化させ、消費者による製品の不買運動の頻発につながる可能性もある。地政学的緊張が高まり、それが既に貿易戦争や関税の高騰へと波及している時代には、決して歓迎すべき事態ではない。AIは、時代の傾向や人気コンテンツを強調するようにプログラムされたアルゴリズムが、正確性よりも「読者の気を引くこと」を優先し、その過程で意図せず誤情報を拡散してしまうため、消費者の不買運動をさらに悪化させることがある。これは、多くのソーシャルメディア媒体で既に現実となっている現象だ。
問題は、誤情報が「感情的な物語を利用して人々を事実から遠ざけ、世論を大きく変えてしまう」ことだと、検索エンジン最適化(SEO)専門企業Reporter Outreachの創業者ブランドン・シュロス氏が述べている。「インターネットは誤情報の拡散速度を加速させる。虚偽の主張に対抗する手段は、虚偽の主張を生み出す速度に追いついていない。だから、企業は迅速かつ戦略的に対応する必要があるのだ。」
誤情報のビジネスへの影響
一部の有名企業は、既に誤情報による被害を経験している。2016年には、「スポーツウェア製造業のニューバランス社が、極右運動と密接な関係にある」という虚偽の噂が広まり、ソーシャルメディア上で大きな反発に直面した。2022年には、製薬会社イーライリリーの株価が4.37%下落した。これは、同社を装った偽のTwitterアカウントが、(当時、健康保険に加入していない一部の米国市民が毎月1,000ドルを支払う必要があったのだが)インスリンを無料で提供すると虚偽の発表をしたため起きた。2023年には、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社のCEO、ミシェル・ドゥケリス氏が、ソーシャルメディア上の「誤情報が原因で、米国で最も売れているビールであるバドライトへの保守派による不買運動を引き起こし、売上が約25%減少した」と非難した。この不買運動は、トランスジェンダーのソーシャルメディア・インフルエンサー、ディラン・マルバニー氏がバドライトのプロモーションを行った後に起きた。
ドゥケリス氏はフィナンシャル・タイムズ紙に対し、「ソーシャルメディアでは、この話題がまるで雑音のように語られることがよくある。ある事実が一つあると、誰もがその事実の背後に意見を並べ立てる。そして、それら意見やコメント一つ一つが瞬く間に拡散されていく。10人か20人がコメントを投稿する頃には、もはや事実より、コメントの内容が現実となっていくのだ」と語っている。
2023年12月に発表された論文「ブランド攻撃と広がるストーリー:直接的および間接的な誤情報が消費者の信頼をどのように損なうか」の中で、カーディフ大学とスタンフォード大学の研究者たちは、企業のマーケティング・キャンペーンにおける誤情報拡散の影響を調査した。
研究者は「直接的」な誤情報と「間接的」な誤情報を区別した。ブランドに関連する直接的な誤情報には、「フェイクニュース」や「フェイクレビュー」が含まれる。フェイクニュースとは、正当なニュースソースの形式を模倣して意図的にオンラインで拡散される虚偽情報である。他方、企業が投稿者に金銭を支払って他社に不利益をもたらすような製品評価を投稿させるのが偽レビューである。研究者は、消費者が直接的な誤情報にさらされた場合、虚偽の情報を信じるかどうかに関わらず、意思決定に影響を与える可能性があることを発見した。消費者が間接的な誤情報にさらされた場合でも、例えば正当なブランドが虚偽のニュースを流布するクリックベイト・ニュースサイトに広告を掲載しているなどの関わりから、ブランドに対する無用な混乱・疑念、そして全般的な脆弱性や不信感を抱く可能性があり、それが消費習慣に影響を与える可能性があることも発見した。
「誤情報は単なる宣伝上の問題ではなく、戦略的なビジネスリスクである」と、ビジネス変革コンサルティング会社Visions社のCEO兼エグゼクティブディレクター、エリカ・ダドセタン=フォーリー氏は述べている。「企業は、他の危機と同様に誤情報に対処しなければならない。つまり、誤情報を予測し、計画し、明確かつ一貫した対応を取らなければならないのだ。」
誤情報は企業にとって様々な脅威をもたらす。消費者の不買運動を引き起こすだけでなく、虚偽の情報は世論を瞬く間に形作り、ブランドの信頼を損ない、投資家の信頼を失墜させ、評判に傷をつける可能性があるのだ。また、従業員のエンゲージメント低下や分断を招き、従業員が自分の価値観と合わないと考える組織を退職したり、入社を拒否したりする事態にもつながる。特定の業界を標的とした誤情報キャンペーンは、行政・株主・利害関係者がより高い保証を求めるため、法的および規制上の監視を強める可能性もある。
企業が悪意あるキャンペーンの標的となる理由や方法は様々だ。マーケティング・キャンペーンや政策スタンスが極右や極左の神経を逆なですることもある。著名な幹部が社会問題や政治問題に関して、不人気または物議を醸す意見を述べるといったこともある。企業が海外で事業を展開している場合もある。組織が財政難の兆候を見せているだけで、混乱や操作の標的になってしまうこともあるのだ。理由が何であれ、虚偽の情報は瞬く間に広がり、深刻な被害をもたらす。
対応計画の策定
企業は一般的に、虚偽の訂正、風評被害の回復、あるいは経済的損失の回復について法律に頼ることができない。AMBART LAW事務所の創設弁護士であるエレナ・アンバーツミアン氏によると、インターネットやソーシャルメディアを通じて虚偽情報を拡散した個人や企業に責任を負わせることは非常に困難である。米国のオンラインプラットフォームは、米国通信品位法第230条に基づき、ユーザーが提供したコンテンツに対する民事責任を免除されている。また、特定のコンテンツを削除するために誠意を持って行うモデレーション活動からも免責されているのだ。「この問題に対処するには、誰が誤解を招く、あるいは名誉毀損的な主張をしたのかを知ることが重要」とアンバーツミアン氏は述べている。「AIとソーシャルメディアの時代において、この問題はますます困難になっている。」
効果的なリスク管理と危機対応プロセスを整備することが最も重要である。誤情報への対応の第一歩は、適切な判断をし、必要に応じて迅速に虚偽を反駁することである。誤情報には必ずしも全てに反応する必要はない。何に対応すべきか、そして誰が対応すべきかを判断することが、誤情報や偽情報への対策において大きな違いを生むのだ。
「対応すべきかどうかを判断することは極めて重要だ」と、全米スタッフィング協会の広報ディレクター、メーガン・スウィーニー氏は述べている。「小規模で単発的で、影響力がない場合は、状況を見守ることが最善の初期対応となる。『いいね!』がわずか2つ付いたFacebookのコメントに対して、ニューヨーク・タイムズの意見記事を掲載するのは適切な対応ではない。過剰反応することで、誤って虚偽を広めてしまうような事態は避けたいものだ。」
企業は、許容できる誤情報のレベルの閾値を定め、それに応じて脅威を監視する必要がある。スウィーニー氏は、企業が事実関係を正そうとしているという事実自体が、ストーリーになってしまい、「組織が情報を隠蔽・削除、あるいは検閲しようとしている」という誤った印象を与えてしまう。このような事態を拡散してはいけない。これは「ストライサンド効果」と呼ばれ、ハリウッドスターのバーバラ・ストライサンドが「自宅の写真がオンライン上に拡散されるのを阻止しよう」と法廷闘争を行ったことにちなんで名付けられた。彼女の公的な苦情によってこの問題への注目が高まり、かえって写真のダウンロード数は1ヶ月で数回から42万回以上に急増したのだ。
企業がソーシャルメディア上で批判的または否定的な投稿を目にした場合、最も簡単な最初の選択肢は、投稿者に直接返信し「組織としてどのように対処してほしいのか」を尋ねることである。また、衝動的な反応を避けることも重要だ。「頭に浮かんだ最初の草稿を送信するよりも、数分後に戦略的な対応策を提示する方が効果的だ」とスウィーニー氏は述べている。企業はブログ・動画・ソーシャルメディアへの投稿などを通じて事実関係を正し、自社の優れた取組みをアピールすることもできる。「真実を明らかにする際に、必ずしも防御的な姿勢を取る必要はない」と彼女は続けた。
先ず組織は対応に必要なインフラを構築する必要がある。企業は、事実に基づいた透明性のあるコミュニケーションの訓練を受けた危機対応チームを事前に設置し、虚偽の主張に迅速に対処する必要がある。この取り組みの中心となるのは、誤情報や偽情報が広まりつつある際に誰に警告を発すべきかを特定し、トピックごとに異なる担当者を関与させる必要があるのだ。例えば、財務問題に関する事項であれば、CFO・財務部門・経理部門が関与する可能性があるが、不満を抱えた元従業員からの虚偽の批判には、人事部や法務部の関与が必要になる。製品の安全性や企業行動に関する一般的な主張に対応するには、CEOが介入する必要があるかもしれない。
偽情報の監視と対策
AIによって偽情報が作成され、ソーシャルメディア上で急速に増殖・拡散するスピードを考えると、企業は悪意のある情報が制御不能になる前に、リアルタイムで積極的に監視する方法を学ぶ必要があると専門家は指摘している。しかしながら、企業が現在、この種の攻撃をどのように監視するのかは課題である。「これまで、広報チームや宣伝部門が、X、Instagram、TikTokといった主流のソーシャルメディア上のコメントやトレンドの追跡に重点を置いてきた」と、ビジネスインテリジェンス企業Sibylline社のクライアントアカウント担当アソシエイトディレクター、レベッカ・ジョーンズ氏は述べている。「しかし、こうした偽情報キャンペーンはそこから始まるのではなく、偽情報がこれらのサイトに掲載される頃には、問題はすでに広まっており、危機的状況に陥っているのだ。」
多くの場合、誤情報はオルタナティブ・ソーシャルサイトと呼ばれるところで始まる。そこでは、視聴者が感情を揺さぶられるニュースに反応する場合が多い。実際、問題はこうした生態系の中で、数時間、数日、あるいは数週間かけて徐々に洗練され、勢いを増し、ようやく主流サイトへと移行して拡散していくのである。これらのサイトで潜在的な脅威を監視することは、チームが潜在的な危機に先手を打つのに役立つ。
「たとえそれを阻止できない場合でも(通常はそうだが)、このような早期警告メカニズムがあれば、それが主流メディアに載った場合に備えてチームは行動計画を立てることができる」とジョーンズ氏は述べている。「経営陣は準備を整え、広報チームが対応を用意し、場合によれば、そのニュースに対して『事前に反論を出す』ことも出来るかもしれない。」
ソーシャル・リスニングツール(企業がソーシャルメディアサイトを継続的にスキャンし、自社名・ブランド・業界トレンドに関する言及を探すことができるアプリ)も、急速に重要なソリューションになりつつある。会話をリアルタイムで分析することで、企業は主張を早期に検証し、事実確認を行い、適切な対応を講じることができる。
「特定の会話やコンテンツが注目を集め始め、誤情報や偽情報に該当する可能性がある場合に早期警告を発する、高品質なソーシャル・リスニングツールを活用することを勧めたい」と、ノースダコタ州立大学マーケティング助教授のマグダレナ・マルコウスカ=ラザ博士は述べている。「そうすることにより、事態が悪化・拡散する前に介入する機会が得られる。また、何らかの監査を実施し、ターゲットとなり得る事業領域を特定することをお勧めする。これにより、消費者に問題について啓発するマーケティング・キャンペーンを策定することが出来る。その目的は、消費者が虚偽の情報を目にした際に、それをちゃんと認識して疑問を抱くように支援し、虚偽の情報が出現した際に、その重みや影響力を弱めることである。」
オープンソース・インテリジェンスとAIは、企業が誤情報キャンペーンに対抗する上で重要な役割を果たしている。オープンソース・インテリジェンス・ツールは公開されているデータを迅速に網羅できるため、企業は数十万ものアカウント・ネットワークを分析し、主要なムーブメントの中で最も影響力のある発言者を特定することができる。一方、AIを活用したモニタリングにより、企業は自社・自社製品・ブランド、あるいはそれらの事柄に関する否定的な投稿の急増を検知することができる。
例えば、特定の医薬品ブランドについて通常1日平均50件言及されている反ワクチン運動について、突如その数が500件に急増した場合、このモニタリング機能が製薬会社に対して警告を発する。こうした動きの背後にいるインフルエンサーをリアルタイムで追跡し、企業やブランドに関する言質の変化を特定することで、企業は戦略的に関与したり、流れるストーリーを修正したりする可能性も高まる。
専門家によると、友人や企業の協力者を持つことは、悪意のある主張をかわすために有効な武器となり得るのである。企業はまた、虚偽の主張に反論するために協力を要請できる、社外のスポークスパーソン候補を特定しておくべきである。企業は、顧客・ファクトチェック機関・消費者擁護団体・信頼できるメディアと協力することで、信用のおける情報を拡散することができる。
インフルエンサー・プログラムを構築することは、企業が自らを守るための良い方法となり得る。「すべてを自社で行うのは本当に大変だ」と、ウェブサイト・ホスティング情報サイトHostingAdvice.comの広報ディレクター、アダム・ブラッカー氏は述べている。「ブランドを愛し、サポートしてくれる強力なファン・コミュニティを構築する必要がある。そして、彼らこそがブランド・アンバサダーとなってくれるのだ。」
ブレッカー氏は次のように説明している。「殺人ミステリー番組を思い浮かべてみてほしい。多くの場合、家族は自分たちの家族のメンバーが殺人犯であるとは信じない。彼らは家族の一人を擁護し、時には潔白を証明しようとさえする。ブランドには、ブランドに関する否定的または虚偽のニュースを簡単に信じない人々の集団が必要なのだ。そういった集団は、有料のインフルエンサーと共に、一種の世論の堀を形成する。一般の人々、そして多くのフォロワーを持つ人々に、最初から味方になってもらえるならそれに越したることはないのだ。」
企業にとって、早い段階でインフルエンサーと関わりを持つことは重要だ。「単にトレンドを監視するだけでは不十分」と、データ分析会社バベルストリートの戦略的エンゲージメント担当エグゼクティブ・バイスプレジデント、パット・バトラー氏は述べている。「企業は、これらのグループとの信頼関係を築くために、長期的なエンゲージメント戦略を構築する必要がある。さもなければ、疑いの目を向けられ続け、効果的に物語に影響を与えることができないことになる。」
企業は、自社ブランドについて議論するトップインフルエンサーを特定し、追跡する必要がある。支持者であれ批判者であれだ。あらゆる否定的な投稿に反応するのではなく、発言が世論を形成する可能性の高い影響力のある声に焦点を当て、積極的に関与していくべきである。「危機が起こるまで待つのではなく、ブランドが主要なインフルエンサーとの関係を構築し、誤情報が拡散する前に信頼性を確立することができる」とバトラー氏は述べている。これには、誤った情報に対抗する際に信頼できる声となる科学者・ジャーナリスト、あるいは思想的リーダーとの協力も含まれる。
企業は、オンラインでの自社ブランドについての言及に自動アラートを設定することも重要だ。継続的な監視により、企業は偽情報キャンペーンが広がり始めた時点でそれを検知し、誤情報が真実だと認識される前に対応することがでるからである。「結局のところ、偽情報に対抗する鍵は、虚偽の主張を暴くだけでなく、正確な情報が適切なタイミングで適切なオーディエンスに届くようにすることなのだ」とバトラー氏は述べている。
誤情報は組織にとって重大なリスクであり、そのリスクは増大し続けている。リスクは甚大になる可能性があるため、悪影響を回避するための戦略を策定することが不可欠なのである。「誤情報は現実を歪めるだけでなく、信頼を損ない、分裂を助長し、永続的な評判の失墜をもたらす」とダドセタン=フォーリー氏は述べている。「このリスクを無視する企業は、自らの危険を冒すことになるのだ。」
トピック
危機管理、新興リスク、レピュテーションリスク、リスクマネジメント
注意事項:この記事は、“Fighting Back Against Misinformation,” Neil Hodge | June 26, 2025, Risk Management Site,(https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/06/26/fighting-back-against-misinformation)をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ニール・ホッジは英国を拠点とするフリーランス・ジャーナリスト。
鈴木英夫は、RIMS日本支部の主席研究員。