エグゼクティブ・レポート 新興リスクの複雑さを舵取りする

新興リスクの複雑さを舵取りする


今日のリスク専門家は、急速に変化し、ますます複雑化する環境に対応しなければならない。イノベーション、デジタル・ケイパビリティ、オートメーションへの投資がそれからの分け前を増額するにつれて、変化のペースは今後加速するばかりであるという説得力のある証拠が増えている。2021年のハーバード・ビジネス・レビュー分析サービスの調査とその要約報告書では、この傾向が強調され、95%のグローバル企業のエグゼクティブが、デジタル・トランスフォーメーション戦略が業界でますます重要になっていると報告している。さらに、事業継続性とレジリエンス(回復力・強靭さ)は、現在、事業目標のリストでは、収益性と生産性を上回っている、としている。報告書はさらに、「COVID-19は、イノベーションと成長のためのすべてのエンジンが限りある寿命しか持たず、いつも急激な破壊の危険にさらされていることを、率直に実証した」 と説明している。

このような困難で複雑な環境の中で成功し、加速する変化に対応するためには、リスク専門家は、幅広い専門能力、知識、スキルを活用し、組織のリスクマネジメントプログラムを導き、進化させるだけでなく、将来を見据え、予測力を持たなければならない。この後者の点は、新興リスクへの配慮を継続的にマネジメントプログラムに組み込むことの重要性を強調している。つまり、将来の予想外の出来事を避け、組織が戦略目標を達成し、長期的な価値を提供することを確実に成功させることが必要となる。

慎重に言えば、リスクマネジメントには標準的なアプローチや「万能な」アプローチは存在しない。そこで、本稿では、規範的な「ベストプラクティス」の記述は控え、COVID-19のパンデミックから得られた教訓に加え、新興リスクに関する最近のRIMS調査の結果 を参考にして、新興リスクが組織全体のリスクマネジメントプログラムにおいてどのように考慮され、活用されうるか、またそうすることの価値がどのようなものであるかについての洞察と実践的な指針を提供する。

新興リスクを評価する

新興リスクの特定と評価から得られる価値と利益を理解し、伝達することによって、リスク専門家は、組織の中でより広範に必要とされる重要な支援と参加を得ることができ、新興リスクを効果的に把握し、組織の継続的なリスクマネジメントプログラムや議論に統合することができる。

新興リスクの検討と評価は、当然のことながら非常に困難である。新興リスクを定義し、それをどのように捉えるかについての基準は存在しない。一般的な定義では、新しく、予期できない、破壊的な、ダイナミックな、急速に変化する、あるいは進化するリスクを示すことが多い。しかしながら、新興リスクには、一般的には、影響が十分には理解されていないか、または容易には評価できないリスクが含まれ、特にリスクが新たに特定されるとき、とりわけ予測不可能、および/またはより遠い将来において予想されるリスクが含まれる。

その結果、新興リスクがどのように特定され、評価され、活用され、報告されるかについては、実務ではかなりのばらつきがある。RIMSの新興リスク調査における、一つの質問に対する回答から判断すると、回答者の27%しか影響を評価でき、23%しかその確率を把握できないことが明らかになっていることから、新興リスクに対してより確立されたリスク評価基準を適用することの難しさが浮き彫りにされている。興味深いことに、回答者の95%が、リスクを顕在化したまたは進行中であると再分類できるきっかけは、その影響を理解することであると報告している。しかし、このグループのうち、この再分類のために完全なリスク評価を必要とするのはわずか30%しかいないし、さらに完全な緩和計画も必要とするものはさらに少数(19%)であった。

また、新興リスクをとらえるための時間軸を決定することも挑戦的な課題である。回答者の3分の1(33%)は今後12カ月間で新興リスクが発生すると考えており、30%は1~2年先、24%が3~5年先としている。新興リスクを考慮することは戦略計画プロセスにとって有益であるため、新興リスクを捕捉するための時間軸は、理想的には戦略計画の期間と整合させるべきである。

新興リスクの影響やその他の重要な特性を正式に評価することは困難であるにもかかわらず、調査回答者は、より広範なリスクマネジメントプログラムの一環として、新興リスクを特定し、検討することは明らかな利点があると指摘した。回答者のわずか3分の1(34%)が戦略設定において新興リスクを検討していて、31%が回復力計画に新興リスクを組み込んでいる一方で、19%は新興リスクが他のリスクの潜在的な起因になるとみている。

多くの回答者は、新興リスクをどのように活用しようとするのか、またそうすることの便益は何かについてコメントを提供している。多くの者は機会の特定、戦略の設定、成長目標の設定、将来における、適切な焦点の確保において、新興リスクを考慮することの価値を指摘した。ある回答者は、自社のリーダーシップ・チームと共有することの利点を指摘した。それは、自社の新興リスクだけでなく、業界を超えて報告されたリスクも、考え方を広げ、盲点を避けることである。ある企業は、新興リスクを特定することは、自社が業界トップの地位を確保するための、主要な要因としての能力であるとしていた(新興リスクを特定し評価することの価値に関する、リスク専門家からの追加的なコメントについては、付録を参照のこと)。

パンデミックからの教訓

この調査に加えて、COVID-19のパンデミックは、新興リスクを考慮することが継続的なリスクマネジメントプログラムにとって重要である理由について、多くの追加的教訓と有用な事例を提供している。多くの人々は、パンデミックは長い間予測されてきたが、広範な影響とこれらの影響から感じられる速度は予測されなかった。そのため、COVIDに関連したリスクは、最初の発症時に新興カテゴリーとして分類された。多くの組織が迅速かつ効果的に対応したが、注目すべきは、この新興リスクに対応しただけでなく、その闘争で特定された機会を素早く捉えた組織であった。自宅からの仕事やデジタル・ビジネス環境が定着するにつれて、(資本集約的な建物ではなく、従業員とシステムのみを必要とする)迅速な破壊者が発生し、その結果、ニーズをすばやく満たすことのできる企業が勝者となった。例えば、バーチャル・ミーティング・テクノロジー企業Zoomや、福利厚生制度を活用するバーチャル・ヘルスケア組織テレヘルスなどが挙げられる。

人気レストランチェーンのテキサス・ロードハウスも、パンデミックの期間中、収益と顧客ロイヤルティを高めるために革新的な新しいアイデアを奨励する文化を育てたことで、同業他社の中で際立っている。これらのアイデアには、顧客が見つけにくい食料品を手に入れることができるように、レストラン内に「期間限定の」食料品店を立ち上げること、社会的距離を保つために駐車場にピクニックベンチを設置すること、テイクアウト・サービスを開始すること、中核的な頻繁な来店客のためにテキサス・ロードハウスブランドの保管箱を設置することが含まれる。現在、全体的な売上レベルはパンデミック以前のものよりもかなり高くなっていて、組織の適応性と回復力を示している。テキサス・ロードハウスは、パンデミックの進展によってもたらされる急速に進行するリスクを、ビジネスモデルに挑戦し、不確実性と混乱を乗り切るために迅速に革新を導入する機会として受け入れた。

テキサス・ロードハウス副社長で、2022年RIMS会長のパトリック・スターリングは「厳しい状況の中、企業は顧客が自社のブランドと結びついている『問題』を素早く認識して、ギアをすぐに変えなければならなかった」と述べた。「テキサス・ロードハウス―そしてその他の多くの組織-が成功を収めたのは、事業全体の成功に目を向ける、そしてもっと重要なのは、従業員とその周辺のコミュニティの福利について目を向ける企業文化を積極的に確立したからです。こうしたイノベーションに加えて、当社は従業員の雇用を維持し、従業員にとって必要となる財政支援を提供するために、また非常に不安定な時代に直面している食品・ホスピタリティ業界のために基金を設立しました」、と述べている。

これらの事例はまた、相対的に一過性であるリスクと比較して、新興リスクのより恒久的な側面を考慮する必要性を強調している。9.11の悲劇が航空旅行の安全対策に永続的な影響を及ぼし、世界的な金融危機が金融規制の強化につながったように、最近のパンデミックはバーチャルな組織能力とサービスに対する需要を継続させるだけでなく、労働環境、我々のデジタルに向けた要件、さらには我々の文化に対しても、より継続的な影響を及ぼす可能性が高い。

環境、社会、ガバナンス(ESG)運動は、ESGが急速に拡大し、すべての産業に関連するようになったことから、パンデミックの影響が(リスクの原因または加速要因として)より永続的かつ広範に及んだことの好例である。製造業やエネルギー部門の企業に比べて、自社の炭素排出量が重要ではないと考えていたサービス中心の企業でさえ、活動家や利害関係者から、自社の炭素排出量を開示し、削減のための検証可能な行動をとるよう圧力を受けるようになった。多様性、公平性、一体性などの社会的問題はますます影響力を発揮し、給与の公平性と取締役会の構成を最上位の関心事とした。

ESG開示での透明性に対する期待は、進捗状況を示す指標に対するそれと共に高まっており、それらは進化過程にある。ESGは、単なる願望以上のものでなければならない、一連のテーマとして浮上してきた。それは、組織の戦略と整合していなければならず、そこでの進捗を追跡するために、目標と目標の測定指標について、強固で十分に検証された報告方法によって開示されなければならない。

このように、ESGは未知の、予測困難な、または評価が困難なタイプの新興リスクだけでなく、予測困難な、または「動態的な」方法で著しくかつ/または突然進化しうる既知のリスクも考慮する必要があるという明確な事例を提供している。一見軽度のリスクであっても、ゆっくりと「忍び寄って」、問題となるレベルに達するまで気づかないこともある。重要なことは、新興リスクの特定プロセスには、新興リスクのすべてのタイプとその発生源を確実に考慮することによって、潜在的な偏見や盲点を検討することを含むことである。

一般的な実践手法

このような課題はあるものの、企業が新興リスクの特定と評価に成功するために活用できる、技術や手法はいくつかある。その中には、社内の専門家、業界の思想的リーダー、将来に焦点を当てる「流行の先駆け者」の活用などがある。また、効果的な手法としては、「自分の殻から抜け出す」思考、ブレーンストーミング、マインド・マッピング、シナリオ・プランニングなどがある。これらの技術は、それらを活用しなければ、あまりにも可能性が低すぎる、または捕捉することが困難であると時期尚早にラベル付けされる「外れ値」リスクに関して、より先見性のある、創造的な思考および考察に特に役立つものである。

RIMS調査では、特定化と評価のプロセスに加えて、有益性が証明される可能性のある新興リスクを軽減、またそれに対応するためのいくつかの一般的な実践手法にも焦点を当てている。これらの手法には、リスク対応戦略の策定(31%)、より特定化されたリスクシナリオとその対応計画の特定(26%)、継続的モニタリングのための主要なリスク指標の特定(17%)、個別的な新たな機会と計画の検討(24%)が含まれる。とはいえ、唯一の解決策だけが最善ではないことに留意することが重要であり、組織は経験、成果、そして絶え間なく変化する外部/内部環境を考慮して、その実践手法を継続的に学び、自組織に適応するよう努力すべきである。

最後に、また常にそうであるように、新興リスクのマネジメントプロセス自体にはリスクがあり、信頼できる成果を確実に生み出す必要がある。これらのプロセスに関連したリスクは、重要な意思決定に影響を与える人間の偏見や前提の中で最も頻繁に遭遇する。しかし、リスクを回避する際の最大のリスクは、リスクがマイナスの帰結か、それとも「好ましくない出来事」であるという誤解である。新たな機会の探求に失敗することは、特に長期的にみれば、クライアント、顧客、その他の主要な利害関係者にとって意味のないものになるという究極的なリスクにつながる可能性がある。すべてのリスク専門家の焦点と進行中のリスクマネジメント議題の一部として、新興リスクを確実に検討することの必要性を最も強調させるのは、この機会に関連するリスクまたは戦略的リスクである。


ハーバード・ビジネス・レビュー分析サービス、「意向調査:ポストコロナに向けて変革を加速する」 https://hbr.org/sponsored/2021/05/accelerating-transformation-for-a-post-covid-19-world
このRIMS新興リスク調査は、広い業界をカバーして、(従業員数でみた)多様な規模の93社から回答を得ている。
付録

新興リスクを特定し、評価することは、なぜ価値があるのか?

・ 私たちを先頭に立たせる。将来に向けた計画を立てるのに役立つ。優先順位をつけるのに役立つ。
・ 組織を将来の潜在的な業務上の損失から守る。
・ 組織内に意識を確立し、全体的なリスク文化を構築する。
・ リスクマネジメントの中核は、未知のものと次に来るものを管理することである。したがって、新興リスクの管理を評価することは価値あるだけでなく、不可欠でもある。
・ 将来の成長に向けた戦略を策定するための洞察を提供する。
・ われわれは、未来に焦点を当てた事前準備的な思考と会話を奨励するために、新興リスクに関するわれわれの議論を「遠い地平線計画」と位置づけている。
・ 最良の機会は、計画に含まれ、分析され、投資または軽減に向けた戦略計画が用意されているリスクである。
・ リー・イアコッカはかつて、「私たちは挑戦に姿を変えた機会に絶えず直面している」と言っていましたが、これは私の会社の見解を完全に言い当てています。
・ 戦略計画を立て、経営幹部にリスクを認識させ、より長期的な計画を立てるのに役立つ。
・ 変革に備えること。
・ 損失に反応することから、適切な報酬を得るために受容可能なリスクをとることによって、価値を創造する機会を探すことへ移行するのを助ける。
・ 戦略目標を達成する上での障壁を認識し続けることを確実にするのに役立つ。
・ 組織のリスクマネジメントフレームワークとツールの有効性と効率性を確認する上で重要である。
・ 組織が事後的な反応ではなく、事前準備的であることを可能にする。
・ もし、どのようなリスクが事業に影響を与える可能性があるかを知ることができれば、そのリスクを軽減し、管理するための戦略を立て、事業にどのような機会をもたらすかを検討することができる。
・ 私たちは何を知らないのかは分からない。戦略化するためには、分からないことを常に評価する必要がある。新興リスクを特定できなければ、私たちは準備ができていないことへのリスク遭遇可能性に晒されることになる。
・ 特定された新興リスク自体に対処するためにより準備を整えるだけでなく、発現する可能性のある他の未知のリスクにもより良く対応できるようになる。
・ 戦略目的を確実に維持し、新興リスクから生じる機会を特定すること。
・ 既存のリスク軽減戦略を「加圧試験」し、既存の戦略を強化し、回復力を構築するのに役立つ。
・ 組織の長期的な存続可能性を確保する。

著者
スザンヌ・クリステンセン
インベスコ
ローリー・グレアム
アメリカン・アグリカルチャー・インシュアランス
ジェイナ・アッター
センテン・コーポレーション

編集者
モーガン・オルーク
RIMS

アートディレクター
ジョー・ツウィーリッヒ
RIMS

RIMS

RIMS the risk management Society®は、世界中でリスクマネジメントの実践を推進しているグローバルな専門家団体です。私たちは、60カ国以上で10,000人のリスクマネジメント専門家の会員に対して、ネットワーク、専門能力開発、資格、教育の機会を提供しています。1950年に設立されたこの協会は、世界中の3,500以上の製造業、サービス業、非営利団体、慈善団体、政府団体を代表しています。RIMS Risk Knowledgeのリソース・ライブラリーとSocietyに関する追加情報を得るためには、www.RIMS.orgを参照してください。


*注意事項:本翻訳はRIMS Executive Report “Navigating the Complexities of Emerging Risks” 2022をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と翻訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中では敬称を省略します。