AI対応の保険ツールがリスクマネジメントに与える影響(2023年3-4月号)

AI対応の保険ツールがリスクマネジメントに与える影響

ティム・ハードキャッスル[*]


2021年、マッキンゼー・アンド・カンパニーのアナリストは、今後10年間で保険を変革すると予測される5つの技術トレンドの中に、人工知能(AI)を挙げた。しかし、マッキンゼーの専門家でさえ、AIがどこまで、そしてどれほどの速さで成長していくのか、想像もつかなかったと思われる。

2022年11月30日、マッキンゼーのレポート発表からわずか14ヶ月で、ChatGPTが突然現れた。OpenAI社の強力なチャットボットは、最初の5日間で100万人という驚異的なユーザー数を達成した。その後数週間、数か月にわたり、ChatGTPはあらゆる業界で果てしない議論を巻き起こし、次の10年でリスクマネジメントがどのようになるかという仮説に挑戦している。

明らかに、高度に洗練されたAIの時代が到来し、すべての組織の運営方法を永遠に変えることになるであろう。保険やリスクマネジメントへの影響は、2020年代が終わるよりもずっと前に、深く実感されることになりそうである。

根が深い技術

AIは情報を取り込み、それを解釈し、広範なデータセットに基づいて結論に達する。ソフトウェアに論理を組み込むこの行為は、新しい概念ではない。ほぼすべてのリスクマネジャーが使用してきた基本ソフトウェアであるマイクロソフト・エクセルを考えてみよう。エクセルは、基本的なアルゴリズム、「もしこうであれば、こうなるという言明(げんめい)」を中心に構築されている。

ChatGTPのようなイノベーションは、AIがいかにエクセルの直線的論理を超え、はるかに応答性が高く、成果に結びつくものへと移行したかを示している。コンピュータの性能は(特に量子計算器の台頭に見られるように)飛躍的に向上し、AI、機械学習、深層学習などのテクノロジーと組み合わさることで、システムは膨大な量の構造化・非構造化データを収集し、それを取り込み、編集して、驚くべき速度と正確さで結論を引き出すことを可能にしている。

AIの進歩は、自動運転技術の進化に似ている。人々は何十年も前から無人の自動運転車について語ってきた。最初の試作品は1980年代にまでさかのぼる。しかし、人々が自動運転車の実験を実際に始めたのは、2014年にテスラが半自律的なオートパイロット機能を導入してからである。現在では、アウディ、BMW、フォードといった大手自動車メーカーが、自社の自動運転車に投資している。同じように、ChatGTPはAIにブレイクスルーをもたらした。リスクマネジャーが今答えなければならないのは、潜在的な落とし穴を避けながら、どのように利益を得るかということである。

AI対応の保険ツールの利点

AI技術は顧客サービスを向上させるためのチャットボットの利用や、引受業務を強化するためにドローンや衛星画像から提供されるデータなど、保険会社にとって目に見える業績を達成することができる。リスクマネジャーにとっては、AIと予測分析の利点は保険金請求管理とリスク軽減の両面で、さらに洗練された、最終的な収益に影響を与える。

例えば、世界最大級の独立系保険数理・コンサルティング会社であるミリマンは、AIを活用して、保険金請求がいつ発生するのか、あるいは連携する企業への潜在的な影響などを予測している。同社は予測分析の応用を通じて、リスクマネジャーと協力し、潜在的な請求の特定、訴訟の可能性の評価、組織プロセスの改善、潜在的なクレームの要因となりうるスキル、トレーニング、マネジメントのギャップに対処している。

今日、企業のリスクマネジャーは、パートナーである保険会社が状況に応じたリアルタイムの価格設定や、状況に応じたリスクに関する徹底的な見直しを提供することを期待している。効果的で実績のあるAIを備えた保険会社と協力する最大の利点は、この種の分析を極めて短時間で行うことができることであり、リスマネジャーはリスクポートフォリオと潜在的な保険金請求の関連コストについて、リアルタイムかつデータ豊富に分析することができる。

検討すべきAI課題

期待されている割には、AIはまだ苦労しながら成長することを経験している。AIが出す結果は必ずしも正確ではない。ますます複雑でダイナミックなデータソースが採用された場合、問題を悪化させ、人間が事実とフィクションを見分けることが、より複雑になる。例えば、1月に2つの大学の研究者が、ChatGTPに研究要旨の作成を依頼し、その後、科学者がChatGTPの偽物と本物の要旨の両方を確認した。その結果、これらの専門家がChatGPTの偽物を見分けることができたのは68%にとどまった。さらに、14%の科学者が本物の要旨を偽物と誤認していた。

AIのもう一つの潜在的な欠点は、暗黙のバイアスが発生するリスクである。例えば、ある被保険者の保険契約の格付けにおいて、初期段階で小さな誤りがあれば、その被保険者は何年にもわたって影響を受ける可能性がある。その結果、このことが、最大限組織を守ろうとするリスクマネジャーにとっては、AIが回避できるとして宣伝されているリスクそのものから、長期間にわたって潜在的に生じるであろう影響をもたらすことになる。

AIによって将来の成功を確保する

リスクマネジャーは、信頼できる保険パートナーと常に仕事をしたいと考えている。同時に、リスクマネジャーは将来を見据えた保険会社との連携を望んでいる。リスクマネジャーは自社の組織を最大限に保護するために、より柔軟で俊敏に対応できるようなテクノロジースタックを構築している保険会社と提携することを心がけるべきである。これは、リスクマネジャーが今後より深く理解する必要がある分野である。そのためには、AIを活用したインシュアテック・ソリューションを提供すると主張する保険会社を評価する際には、次のベストプラクティスを採用すべきである:

  • 目標を設定する。組織に必要な特定のニーズを決定する。AIを使用して、リスクの取り込み、データの充実、データの可視化などの特定のタスクを自動化または改善する保険会社と提携したいか。そして、その保険会社が、あなたが望むことを実際に行うことができる技術を持っていることを確認すること。
  • 自動化され、無駄のない事務プロセスを備えた保険パートナーを探す。これらのタイプのツールは、手作業による処理を削減または排除し、軋轢のない経験を創出し、エラーの機会を最小限に抑え、リスクマネジャーの組織に利益をもたらす効率性を生み出すのに役立つ。
  • 保険会社のテクノロジーが自社のテクノロジーで活用できるか確認する。保険会社に、彼らのテクノロジーが自社の既存のテクノロジーとどのように統合されるかを尋ね、以前に統合に成功した事例研究や証拠の提出を求める。より高い適応性を実現するために、低コードや無コードを活用できる選択肢を探す。アルゴリズムを作成する際に使用するチェックアンドバランスについて尋ねる。このような質問から、保険会社のAIツールがどの程度洗練されているのか、また、その製品がどの程度あなたの会社のニーズに応え、既存のシステムと連携することができるのかを知ることができる。
  • スピードは出すが、慎重であること。AIはまだ発展途上であることを念頭に置くこと。あなたの会社のビジネスに利益をもたらすようにAIを使っている保険パートナーを見つけるが、現実的な期待をもっておくことである。
将来を見据える

AIは非常に高度に発達しており、自前でソリューションを構築することは、最大手の通信事業者でも手が届かない可能性がある。つまり、通信事業者はAIを最大限に活用するために、プロバイダーと提携する必要がある。リスクマネジャーは、保険会社やそのような技術を実装するサービスプロバイダーが提供するAI技術資源について、より詳しく知るために時間をかける必要がある。そうすることが、AIがビジネスに与える影響を理解し、どのツールがリスク評価やリスク解釈に最も効果的な洞察を提供できるかを判断するのに役立つ。チャットGTPの急速な採用が示すように、この技術は予想以上に早くリスクマネジメントのあり方を変える可能性を備えている。

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注意事項:本翻訳は“本翻訳は“The Impact of AI-Enabled Insurance Tools on Risk Management”, Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2023/04/21/the-impact-of-ai-enabled-insurance-tools-on-risk-management) April 2023,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。

[*]ティム・ハードキャッスルは保険会社、MGA、ブローカー向けのノーコード保険ソフトを提供するインスタンンダ社CEO兼共同創業者。