保険市場に対するSPACの増大する影響(2021年9月号)

保険市場に対するSPACの増大する影響

ジョナサン・セルビー[*]


web特別版1-2月号表紙

訴訟は増加し、市場は不安定になっている。リスク管理業界は未知の海域に入った。保険業界は厳しさを増しており、特別買収目的会社(SPAC)がその中心にある。

SPACとは何か

1993年にデイビッド・ナスバウムが開放市場にSPACを導入した際、米国では空白の白地小切手会社は禁止されていたが、SPACは例外とされていた。このペーパーカンパニーは、他の企業を買収するという唯一の目的のために、新規株式公開(IPO)を通じて意図的に資金を調達している。このルートによって、民間企業は株式公開を希望するときに、従来のIPOプロセスを回避することができる。

それ以来、500社以上の白地小切手会社が設立され、1,000億ドル以上を調達している。SPACの人気にはいくつかの理由がある。1つには、早期参入によって公開市場でより強力な支配力を持つことができるため、多くの企業がSPAC手段に大きな魅力を感じていることである。さらに、SPACは2020年を上回るパフォーマンスを達成する見込みであり、これまで以上に競争の激しい環境を作り出している。

とは言え、SPACが他の伝統的な株式公開の道に立ち向かえば、より独特な脅威にも直面する。保険専門家もリスク管理専門家も同様に、市場におけるSPACのモルフィネのような役割と、これらの白地小切手会社が直面する脆弱性に注目している。

SPACリスク管理

他の企業上場と同様に、SAPCはIPOプロセスを巧妙に進めなければならない。しかし、SPACは他とは異なるライフサイクルを経て進められる。以下は、典型的なSPACの進め方で、その各フェーズで、いくつかのリスクに直面する。

  1. ロードショーの準備:S-1フォームの申請から資本構成の決定まで、この時間枠では主に投資家からのスポンサーを集めることに焦点を当てる。
  2. IPO:SPAC管理チームが投資銀行と契約を結んだ後に、その普通株式は公開市場で取引することができる。しかし、いったんSPACの普通株式が手に入ると、取締役や役員は公開市場からの調査に直面し、訴訟の影響をはるかに受けやすくなる。
  3. 買収:SPACが買収対象企業を特定するためには18~24カ月しかない。そうでなければ、期限切れになり、出資された資金を投資家に返還しなければならない。
  4. 新規公開会社:企業買収が完了すると、新規公開会社は他の公開会社と同様の多くのリスクに直面する。
サイバー脅威

サイバー攻撃は交渉を遅らせ、機密情報を侵害する可能性がある。したがって、米国のCEOの多くがサイバーセキュリティに対して極端な懸念を表明しているのは驚くにあたらない。多くの機密データが複数の当事者間や複数の経路を通過するので、サイバー犯罪者はすぐに買収を中止できうる。サイバー脅威はデューディリジェンス段階ないしは取引中で最も起こりやすく、企業の取引と経営陣をリスクにさらす。

財務リスク

主に利益相反が急速に表面化する可能性があるため、資金提供するスポンサーには大きなリスクに遭遇する可能性がある。従来のIPOとは異なり、投資家はSPAC創設者をセールスポイントと考えている。なぜなら、SPAC創設者は同社の株式をかなり保有しているからである。したがって、SPAC創設者には非常に大きな財務的な責任がある。

ヘッジファンド、プライベート・エクイティ、ベンチャー・キャピタルは、典型的なSPACの財務的なスポンサーである。SPACは通常、S&P500よりも高いROIを実現しているが、これらの取引は依然として苦境に陥る可能性がある。最後に、SPACは伝統的なIPOよりもコストが安いことが知られているが、引受手数料、SPACの株式希薄化、合併後のSPACの利益が収益性に影響を与える。

M&Aリスク

合併・買収(M&A)はサイバー攻撃の標的となることが多い。残念ながら、SPACはそのプロセスの一部で活動を発表しているため、事業計画や取引確認を隠すというオプションを持っていない。もちろん、サイバー犯罪者はそうした表出に飛びつくのである。

前述したように、M&Aの際には、当事者は知的財産、事業戦略、秘密通信を含め、契約を完了させるために機密情報をやり取りする。今日の世界では、すべての企業がサイバー脅威に直面しているが、M&Aの際には、こうした日常的な脅威は急激に高まる。

買収後のリスク

SPACの成功事例は盛んに報じられている。通常、フォーチュン500社の元CEOはこれらの企業のスポンサーになるので、その他のCEOはそれが特別なものではなく、当たり前なものと見なすようになっている。SPACルートは完全にリスクがないと仮定する人さえもいるかもしれない。

しかし、ニュースで取り上げられた成功事例よりも、もっと多くのSPACが不実表明や不作為によって、失敗している。SPACの中には、株式希薄化の少ない構造で高い収益性を上げているものもあるが、それらは例外であり、標準ではない。買収後の成功は、通常、最初に注意深い資本構成を行うことを意味する。

規制リスク

米国証券取引委員会(SEC)は、新しいSPACの構造が表面化するにつれて、規則や規制を調整している。驚くことではないが、多くの問題は会社が上場企業として営業を開始したときに生じる。SECは大量の課題に直面しており、これがSPACにも波及している。そして、これは始まったばかりである。

金融規制制度を再編し、オバマ政権以来議論されているドッド・フランク・ウォール街改革・消費者保護法を考えてみなさい。また、2002年サーベンス・オクスリー法(SOX法)は企業の不正な財務報告から投資家を保護し、以前よりも厳しい罰則を科し、SPACやIPOに対する規制リスクを増大させることを試みている。

SPACと保険業界

SPACは公開市場、特に保険業界の多くの個人を驚かせた。何社かの保険会社は、ウォール街で話題になった当初、SPACを保険補償していた。時間の経過と経済的な問題によって、現在では、これらを補償する保険会社はごく少数になっている。

保険市場は厳しさが増している、またSPACが保険料を支払う前に資金不足に陥ることもしばしばある。新規公開企業が直面するリスクは、ますます過激になっている。しかも、いくつかの保険商品は保険料が高くなり、補償能力も小さくなっている。こうした保険料引き上げの一部(D&O保険、サイバー損害賠償、雇用慣行責任、専門家責任)は、SPACが依拠する最も一般的な保険補償に影響を及ぼす。

残念ながら、リスク管理専門家は、このサイクルを自己永続的なサイクルと認識している。現状では保険契約で補償できるよりも多くのSPACリスクがあることを、最初に認識するのは商取引保険引受業者であるが、多くは、SPACが来年までこの調子を続けると予想している。

未来

ロイズ・オブ・ロンドンのチャールズ・ボーアマンによれば、「私が見るに、これはたった1年の急騰ではなく、2年、3年、4年という厳しい状況を指している」と言う。企業は現在の市場環境に対応するためにリスク管理予算を増額している。

しかし、保険分野(特に新規のD&O保険引受業者)に新たな企業が参入しつつあり、SPACや他の公開企業の市場にもさらに多くのプレーヤーが入る可能性がある。これは競争の激化を意味するが、より柔軟なリスク管理計画が策定されることが期待される。

トピックス
全社的リスクマネジメント、環境リスク、ESG規制、リスクマネジメント、戦略的リスクマネジメント


注意事項:本翻訳は“The Growing Influence of SPACs on the Insurance Market”, Risk Management Site(https://www.rmmagazine.com/articles/article//2021/08/25/the-growing-influence-of-spacs-on-the-insurance-market),August, 2021,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。

[*]ジョナサン・セルビーは新興産業に特化した保険ブローカー、ファウンダー・シールド社総支配人。クライアントの戦略、コミュニケーションを監督し、世界で最も急速に成長しているいくつかの企業で卓越したサービスを提供する文化を育て、リスクコンサルティングを実施してきた。