労働者の離職時に企業秘密を保護する(2022年5-6月号)

労働者の離職時に企業秘密を保護する(2022年5-6月号)

リック・E・リード、ブライアン・A・バークレー[*]


RISK ManagementMagazine 22年5-6月号

パンデミックによるサプライチェーンへの影響により、一部の企業は製品提供を縮小し、より少ない資源で既存の顧客にサービスを提供する方法について難しい決断を迫られている。その結果、機会の減少を経験した人たちは、雇用主を変えたくなる(あるいは変えざるを得なくなる)可能性がある。リモートワークの柔軟性や広範な労働力不足も相まって、求職者にとっては久々に好条件の市場となっている。これらの課題に対処する一方で、雇用主は自社の企業秘密や機密情報が退職する従業員と共に門外に漏洩することがないよう、努力しなければならない。

連邦法および州法は、退職する従業員またはその新しい雇用者による企業秘密の不正流用を禁止している。企業秘密や営業秘密は製造方法、顧客情報、購入履歴、価格設定、技術仕様、研究開発情報など、幅広い情報に及ぶ可能性がある。おそらく、最も容易に認知されている企業秘密は、コカ・コーラの製法であろう。コカ・コーラのオーナーは、一世紀以上にわたってこれを秘密にしてきた。コカ・コーラの製法と同様に、企業秘密はビジネスの中核であり、最も価値のある資産の1つである。

企業秘密を主張する側は、その情報が実際に秘密であること(一般市民や関係者に既に知られていない、または容易に把握できないことを意味する)、雇用主がその秘密を維持するために妥当な措置を取ったこと、雇用主がその情報を秘密にすることで経済的価値を得たことを示さなければならない。従業員の一般的な知識、スキル、経験は企業秘密として保護されないが、製造工程、製法およびソースコードは、雇用主が秘密を保持するために合理的な措置を講じ、その情報が秘密であることから価値を得ている場合には、企業秘密として保護される可能性がある。

秘密保持の要件を説明するために、マイケル・ボルシンガー元トロント・ブルージェイズ投手のケースを考えてみよう。彼はヒューストン・アストロズが、試合中に「サインを盗む」ことで、自分の企業秘密を盗んだと主張し、投球成績の悪化と職業機会の喪失につながったと主張した。裁判所は、試合中のキャッチャーのサインは誰でも観察できるので、秘密として保護することはできないと判断したため、この訴訟は短命であった。

同様の理由により、特許開示された知的財産は、企業秘密の保護対象とはならない。しかし、特許で開示されていない発明の非公開の部分は、依然として企業秘密として適格である場合がある。

同様に、製品の「秘密」とされる側面が、解析して模倣することが可能である場合、企業秘密保護は利用できない可能性がある。

企業秘密として保護されるはずの資料も、秘密保持のための合理的な措置がない場合には、その保護を失う可能性があることを理解することが重要である。顧客リストが、一般的に入手可能な専門家のリストと本質的に同一である場合、その秘密性が疑われることがある。同様に、価格情報の機密性を維持するための努力は、当該情報が企業秘密保護を受けるに適格であるか否かに影響する場合がある。機密性を維持するための措置には、機密保持契約の利用、パスワード保護、および組織内の個人へのアクセス権限の制限が含まれる。例えば、企業の営業担当者がエンジニアリングチームの企業秘密にアクセスする必要があるかどうか、また、エンジニアが営業担当者の価格情報や特定の顧客へのインセンティブにアクセスする必要があるかどうかである。

もちろん、企業秘密を保護するためには、そもそもその秘密を十分に認識する必要がある。このため、組織の企業秘密の目録を作成することは価値があるかもしれない。そうすることで、保護を必要とするものに対する意識を高め、ひいては、秘密を維持するための手順を策定する努力を支援することにもなる。このような情報が不正流用された場合、問題となる秘密をしっかりと把握することで、法的支援を求めるための取り組みも容易になる。

一般的に、不正流用とは、不正な手段で企業秘密を取得すること、または不正な手段で取得されたこと、あるいはその使用が制限された状況下にあることを知りながら、企業秘密を使用もしくは開示することを意味する。企業秘密の不正流用には、企業秘密の完全な複製は必要ない。例えば、他社の仕事に基づいて研究開発を短縮するなど、企業秘密を部分的に使用しても不正流用と見なされる。

多くの成功した企業努力と同様に、不正流用の防止は企業のトップから始まる。明確な方針と経営者の承認に加え、企業秘密保護の重要性を強化する協定や研修が必要である。このような取り組みには、従業員の入社時研修や、従業員が退職する際の守秘義務に関する注意喚起が含まれるべきである。

現在の労働市場では、退職する従業員が営業秘密の不正流用の主な原因となっており、リスクが高まっている。特に、退職する従業員が競合他社に転職することが分かっている場合、雇用主は退職手続きの中で企業秘密を不正流用しない義務について彼らに注意を喚起し、従業員がそのような資料を入手していない旨の表明を求めるべきである。企業は、「信用せよ、されど検証せよ」という言葉の下、従業員が自社のシステムから異常な量の資料をダウンロードした場合に警告を発する情報技術システムに投資すべきである。退職する従業員のサーバースペースを直ちに削除したり、会社支給のノートパソコンをリサイクルさせたりするのではなく、退職手続きが終わるまでに不正流用が検知されない場合でも、そのスペースとデバイスを一定期間保存しておく必要がある。

競争会社から従業員を雇用する企業も、企業秘密のリスクに留意すべきである。企業は、退職する従業員を綿密に調査して営業秘密の喪失を防ぐべきであるのと同様に、新規採用者を調査して、価格設定データ、顧客情報、その他の潜在的な営業秘密を以前の雇用主から持ち込まないことを確認すべきである。この旨を示す署名入りの確認書は、従業員が企業秘密を不正に流用する目的で雇用されたのではないことを裁判所に納得させる上で大きな役割を果たすことができる。

おそらく企業秘密法の最も強力な側面は、その保護が非競争契約やその他の契約とは独立して存在することである。企業が上記の考慮事項を遵守する限り、連邦および州の企業秘密法は雇用主が引き続き利用可能である。

これらの概念を実例で説明すると、離職者(および潜在的には新しい雇用主)が企業秘密を不正に流用したと元雇用主が主張する事例が多い。あるケースでは、特殊製品メーカーを退職した営業社員が、競合他社に転職する際に顧客名と価格情報をダウンロードしたことは疑いの余地がなかった。しかし、この顧客名簿は、問題となっているニッチ産業を対象とする業界団体では一般的に入手可能な会員名簿と本質的に同等であったため、顧客の身元が企業秘密としての地位を保証するかどうかという問題があった。同様に、価格設定についても、顧客がそのような情報の機密性を保持することは期待できないため、企業秘密保護の対象とはならなかった。実際、顧客は、競合する販売者を互いに競わせるために、この情報を頻繁に共有している。

別の事例では、退職する従業員が雇用主に退社を通知する前後に何千ものファイルをダウンロードした。元雇用主は数週間にわたり不正流用を主張しなかったが、これは主にダウンロード行為を直ちに発見できなかったためであり、この遅れは従業員がリモートワーカーであったために、さらに悪化した可能性がある。不正流用の可能性を防止し警告するために設計されたシステムによって、元雇用主が機密性を保護するための合理的な措置を講じていなかったために、この遅れが不正流用された情報の企業秘密状態の確保を立証することを困難にしたと言える。

企業がパンデミックによる困難や混乱、大量辞職による高い離職率を乗り越えていくためには、事業の中心にある貴重な情報を保護し、従業員の離職によって企業秘密が漏えいしないような措置を講じることが極めて重要である。

トピックス
人的資源、知的財産、法務リスク、リスクマネジメント、戦略的リスクマネジメント


注意事項:本翻訳は“Protecting Trade Secrets Amid Worker Turnover”, Risk Management, May-June 2022, pp.8-9をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。

[*]エリック・E・リードおよびブライアン・A・バークレーはフィラデルフィアのフォックス・ロスチャイルド法律事務所パートナー。