【Web特別版】ESG報告基準を理解する(2023年11-12月号)

【Web特別版】ESG報告基準を理解する

ジョン・A・ウイーラー[*]


2023年11-12月号表紙

気候変動開示報告書は米国ではまだ連邦政府によって義務付けられてはいないが、サステナビリティを重視する株主や消費者、国際的な規制当局からの圧力により、多くの企業が事前準備的に発行することを選択している。監査品質センターによると、2021年にはS&P500(米国の代表的な株価指数)の99%がESG関連情報を報告している。この傾向は、環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの管理の重要性が高まっていることを反映しており、ESGリスクは企業の財務や評判に大きな影響を与える可能性がある。

ESGリスクと報告をかじ取りする企業は、様々なグローバル基準設定機関が作成した異なる基準の中から選択するという課題に長い間直面してきた。幸いなことに、各国がESGリスクに関する財務報告基準の正式化に取り組む中、一般的なサステナビリティ報告基準の統合に向けた動きが明らかになっている。国際財務報告基準(IFRS)財団とそのサステナビリティ基準設定委員会である国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)は、この統合におけるグローバルリーダーとして台頭している。

国際的なESG基準の進化と統合は、その結果として生じる統合報告と統合的リスクマネジメント(IRM)への移行と共に、ESGと持続可能性報告における大きな変化を促し、企業と利害関係者に短期的にも長期的にも大きな利益をもたらすだろう。新たなESG規制が世界的に実施される中、企業はコンプライアンスの迷路をかじ取りするための十分な装備を確保することがますます急務となっている。

ESG基準の現状

数多くのESG基準を設定する組織を理解することは困難である。というのも、事業体が地域やグローバルな管轄区域をまたいで設立、ブランド再生、合併、提携を行っており、複雑さと混乱を増加させているからである。

近年、IFRS財団は世界のサステナビリティ報告状況を合理化、調和、標準化することを目的として、様々なサステナビリティ関連組織を、そのガバナンス下に統合した。ESG報告の進むべき道を示している主な基準設定組織には、以下のものがある。

  1. 国際財務報告基準(IFRS)財団:国際財務報告基準(IFRS)財団は、世界中で一貫性のある透明性の高い財務報告を促進するため、財務報告基準の策定と発布を監督する独立非営利団体である。
  2. 国際サステナビリティ基準委員会(ISSB):IFRS財団は、「投資家と金融市場のニーズに焦点を当てた、高品質で包括的なサステナビリティ開示についてのグローバル基準値」を構築するため、サステナビリティ報告基準を策定するISSBを設立した。その目的は、サステナビリティ報告に一貫性、比較可能性、透明性をもたらし、より良い意思決定と資本配分の改善を可能にすることにある。
  3. 気候開示基準委員会(CDSB):CDSBは、気候変動に関する情報を主流の財務報告に統合することを推進する非営利団体である。ISSBの設立に伴い、CDSBの業務と知的財産は、世界的なサステナビリティ報告基準の策定に貢献するために、IFRS財団の下で統合されることになるであろう。
  4. サステナビリティ会計基準審議会(SASB):SASBは 企業が財務的に重要なサステナビリティ情報を開示するのを支援するために、業界特有のサステナビリティ会計基準を設定する独立非営利団体である。ISSB統合の一環として、SASBは、IFRS財団の下で、持続可能性報告に関する専門知識と業務に貢献するであろう。
  5. 地球的規模報告イニシアチブ(GRI):GRIは、組織が経済・環境・社会に与える影響について透明性を保つために、サステナビリティ報告を推進する国際的な独立基準機関である。GRIは、国際レベルでのサステナビリティ報告を改善し、調和させるために、IFRS基金やその他の組織との協力を今後も継続するであろう。
  6. 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD):TCFDは企業が投資家、貸し手、保険会社に情報を提供するために、自主的な気候関連の財務リスク開示を開発する市場に焦点を当てた取り組みである。2024年1月1日以降、IFRS財団は、現在および将来のIFRS基準に従い、TCFD関連の開示基準に関する企業の進捗を監視および管理するTCFDの責任を負うことを想定している。
  7. カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP):CDPは企業や都市が環境に与える影響を開示し、持続可能な行動を推進することを支援する国際的な非営利団体である。CDPは開示枠組みを、一貫性と透明性のあるグローバルなサステナビリティ報告システムを構築するISSBの取り組みに統合するであろう。
  8. 価値報告財団 (VRF):VRFは、国際統合報告評議会(IIRC)とSASBが合併して設立された世界的な非営利組織である。VRFは、統合的思考、戦略、報告の推進に重点を置いており、IFRS財団と緊密に協力し、グローバルなサステナビリティ報告の効率化というISSBの目標を今後も支援していくであろう。

ISSB S1とS2: 互換性への移行

ISSBは、2023年6月に最初の2つの報告基準を発行した。IFRS S1:サステナビリティに関連する財務情報の開示に関する一般要求事項と、IFRS S2:気候関連の開示である。

IFRS S1は、企業のキャッシュフロー、資金調達へのアクセス、または資本コストに影響を与えると合理的に予想される、サステナビリティに関連するすべてのリスクと機会に関する情報を短期、中期または長期にわたって開示することを要求している。IFRS S2は、組織に対し、すべての気候関連のリスクと機会について、同様の情報を開示することを求めている。

ISSBはまた、企業がS1開示の作成にSASB基準を利用できるよう強化するなど、他のサステナビリティ基準との互換性の確保にも注力している。ISSBが掲げる目標に沿って、これらの取り組みは、ISSBの述べた目標と整合的に、サステナビリティ関連の財務データをより一貫性のある、包括的で比較可能な、検証可能なものとし、透明性と説明責任を高め、様々な利害関係者に利益をもたらすことを目指している。

IFRS S1は、2024年1月1日以降に開始する年次報告期間について適用される。しかし、ISSBはIFRS S1への移行緩和を行い、初年度は気候変動関連のリスクと機会のみを報告することを認めている。その他のサステナビリティに関連するリスクや機会に関する報告は、この基準を使用する2年目以降に求められることになる。

統合報告の価値

ESG 環境のもう1つの重要な要素は、統合報告枠組み (IRF) である。IRFはIFRS財団とISSBの取り組みの重要な構成要素であり、サステナビリティ報告のための指針を提供している。2013年に発行され、2021年に更新されたIRFは、時間の経過とともに価値を創造する組織の能力に影響を与える、相互に関連するあらゆる要素を考慮することにより、統合的思考を奨励する。IRFは、財務情報と非財務情報の両方を組み込み、短期的、中期的、長期的な価値創造に焦点を当てることで、他の報告方法とは一線を画している。VRFはIRFの発展において重要な役割を果たしてきたが、IFRS財団は2022年にVRFと合併した後、IRFに対する責任を引き受けた。

IFRS財団によると、IRFを活用することで、企業は環境リスクと機会を財務諸表とより適切に結びつけることができ、利用可能な情報の質を向上させ、「より効率的で生産的な」資本配分を可能にすることができるという。

統合された報告を推進するには、IRMとその実現可能な技術を採用する必要がある。IRMは、全社的リスクマネジメント(ERM)、業務上リスクマネジメント(ORM)、ITリスクマネジメント(ITRM)、ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)を統合することで、企業全体のリスクと報告を結びつけるのに役立つ。組織全体のリスクと統制のデータを統合するには、さまざまなグループのデータ(IRFのような方針、問題、枠組みを含む)を、正確で信頼性が高く、監査可能でアクセス可能な集中記録システムに統合する必要がある。

IFRS財団の統合努力とISSBの創設は投資家、顧客、従業員から規制当局、地域社会に至るまで、企業とその利害関係者に多大な利益をもたらす可能性がある。ISSBのS1およびS2基準と、統合報告枠組みを採用し、IRMのアプローチや技術を活用することで、企業はESGデータ、報告、開示の正確性、完全性、監査可能性を確保することができるようになるであろう。これは最終的に、リスクマネジメント、意思決定、価値創造の改善につながるであろう。さらに、共通のサステナビリティ報告基準の策定によって、企業は増大する世界的な規制要件に対してより効率的かつ効果的に対処できるようになり、急速に進化するリスク環境の中で企業の成長を可能にする。

トピックス
規制、コンプライアンス、環境リスク、ESG、リスクマネジメント


注意事項:本翻訳は“Making Sense of ESG Reporting Standards ”, Risk Management, November-December 2023, pp. 14-15 をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ジョン・A・ウイーラーはオーディットボード社リスク・技術担当上級顧問。