管理された破壊を通じて持続的なリスク文化を構築する(2025年5-6月号)

管理された破壊を通じて持続的なリスク文化を構築する(2025年5-6月号)

アダム・エナミリ(訳:鈴木英夫)[*]


2025年5月-6月web特別版 リスク文化とは、組織がリスクをどのように理解し、対応するかを決定づける共通の考え方・実践・行動から成り立っている。これは単なる理論の羅列ではない。組織の従業員が極度の混乱に阻まれるか、それとも課題に立ち向かい、通常の業務の枠を超えた解決策を見出すかを決定するのは、集合的な対応である。組織は、危機が発生する前に二つの可能性を検証する必要がある。

 組織のレジリエンスを構築するには、リスクマネジャーは、「管理された混乱」への対応演習と協働的なエンゲージメントを組み合わせた、持続的なリスク文化を構築・発展させる方法論が必要だ。目標は、チームが共有能力・信頼、そして適応力を育む環境を醸成することである。

 この方法論は、経営陣がフィードバック循環なしに従業員に指示する典型的なトップダウン型のアプローチは取らない。代わりに、経営幹部から最前線のスタッフまで、全員が参加・観察・共に学ぶ、いわば共有の実験室のような環境を創出する。得られた洞察は、経営陣だけでなく、組織全体のものとなる。以下の演習は、リスクマネジャーがこのアプローチを実践するのに役立つ。

1.協働作業を通じて重要な依存関係を精査する

 一つの方法として、組織全体への重要な週次レポートなど、重要なプロセスを選択し、全社員に事前に通知することなく、数日間一時停止するという方法がある。この作業を進める前に、組織横断的なチームを事前に招集し、この演習の目的が、実際の混乱が発生する前に、組織内の依存関係とレジリエンスのギャップを共同で特定することだと説明することが重要だ。

 選択したプロセスを一時停止した後、各チームメンバーの反応を観察してみよう。彼らは協調的に問題解決に取り組んでいるか、それとも指示を待っているのか?結果から、組織特有の自発性・適応性、そして問題解決に関する文化的パターンが明らかになるであろう。

 このアプローチは学術研究によっても裏付けられている。2021年版『ケンブリッジ・ハンドブック・オブ・ルーティン・ダイナミクス』のある章では、硬直した行動様式を持つ組織は「休眠」状態を作り出し、現状に疑問を抱く人がいないため、問題の早期兆候を見逃してしまうことが多い。チームがこれらの依存関係を共同で検証することで、危機が発生する前に脆弱性を特定し、対処するための文化的筋力を養うことができる。

 NASAも同様の手法を用いて、リアルタイムの人間参加型シミュレーションを実施し、宇宙船の異常事態に備える制度を持っている。ジョンソン宇宙センターのシミュレーション・グラフィックス部門では、これらの演習において、仮想現実とAI駆動型モデルを活用し、キャビンの減圧からシステム故障に至るまでの緊急事態をシミュレーションする共同演習を実施している。これらの演習を通じて、チームが手順書を遵守するのか、それとも動的に適応するのかが明らかになる。

2.透明性のある危機対応シミュレーションを促進する

 まず、全員にとって明確な学習・能力開発目標を設定した危機対応訓練の予定を発表する。具体的なシナリオや実施時期は、信憑性を維持し、信頼性の高いデータを収集するために非公開とすることもできるが、潜在的な懸念や意見の対立を避けるため、評価ではなく協働的な学習機会であることをオープンに伝えることが重要だ。この訓練の目的は、「逆境に直面した人々がどのように行動するか、そして、それが組織のリスク文化について何を示唆しているか」を理解することである。これにより、チームが顧客からの重大な苦情、重要なシステム障害、コンプライアンス違反の指摘など、現実的で困難な状況に直面した際に、組織は「リアルタイムで部門横断的なコミュニケーションを行うこと」ができるようになる。

 情報の流れのパターンを追跡することが重要だ。コミュニケーションが優れているのはどの部分で、うまく機能していないのはどの部分か。個人のパフォーマンスに焦点を当てるのではなく、これを組織全体のコミュニケーション・ネットワークと信頼の経路を共同でマッピングする機会として活用していく。

 2023年にIULM大学で提出された博士論文では、「組織内の非公式ネットワークの弱さと、誤情報攻撃への危機対応の遅れとの相関関係」が指摘されている。2010年のBP石油流出事故は、このリスクを如実に示している。社内の懸念事項が、災害が発生するまで意思決定者に届かなかったのだ。組織がこれらの演習を共同で実施することで、単にインフラをテストしているのではなく、実際の危機において効果的なコミュニケーションを可能にする文化的な基盤を強化することになる。

3.机上演習を通じてアナログ的なレジリエンスを育成する

 メール・専用ソフトウェア、その他のデジタルツールなどのデジタルチャネルを一時的に利用できない環境下で机上演習を実施することを検討してみよう。データ侵害や市場の混乱といったシナリオをチームに提示し、リソースとして従来型の事務用品のみを提供する。評価ではなく真の学びを確実にするために、組織内の全員が演習の様々な段階で参加者と観察者の両方の役割を担う必要がある。このような役割のローテーションにより、階層構造による影響を防ぎ、全員が組織パターンに関する真摯な発見に集中することができる。外部のファシリテーターも、プロセスに地位に基づくバイアスを持ち込むことなく、洞察を文書化するのに役立つ。

 次に、チームがどのように適応し、連携しているかを観察する。彼らは機知に富んでいるか?どのように優先順位を付け、さらに重要なのは、どのように意思決定を行い、そしてどれほど迅速に意思決定を行うことができるか?組織の文化的適応力に関する洞察を書き出す。この演習を通して、人々はリスク文化のレジリエンス要素が実際にどのように機能しているかを体験できる。

 2020年にオックスフォード大学が実施した「職場における人工知能に関する調査」では、主要なリスクの一つとして、「テクノロジーへの過度な依存が、重要なシステムに障害が発生した場合に組織を脆弱にする」という点が挙げられた。2003年の北東部大停電は、その顕著な例だ。協調的な手作業による動作を維持した組織は業務を継続したが、そのような文化的慣行を持たない組織は業務の崩壊を経験することになった。

 これらの演習は、技術的な依存関係を見つけるだけでなく、適応性・知識共有・協調的な問題解決を重視する文化を促進することにもつながる。

文化的リーダーシップの認識と強化

 これらの演習を通じて、プレッシャー下でも冷静さを保つ、効果的なコラボレーションを促進する、革新的な解決策を見出すなど、優れたリーダーシップ特性を示すチームメンバーが現れるかもしれない。これはあくまで幾つかあるメリットの一つに過ぎないが、チームはこれらの貢献を正式な表彰や、その他の適切な報酬を通じて、意義ある形で評価したいと考えるかもしれない。個人が同僚と自分のアプローチを共有できる機会を組織的に設けることで、組織は他の従業員にも同様の行動を促すことができる。

 ポジティブな行動を表彰することは、2016年のハーバード・ビジネス・スクールの研究で実証された「企業文化の強化プラクティス」と一致している。この研究では、模範的な業績を挙げた従業員を表彰することが、チーム全体の士気を高めるだけでなく、組織全体にポジティブな行動を広めるのに役立つことが明らかになっている。米軍は、事後検証において同様のアプローチを採用しており、革新的な問題解決が特定され、その責任者が他の従業員の訓練に携わっている。

演習制度の先へ

 これらの演習の影では、組織はシステムやプロセスのストレステスト以上のことを行っている。現状打破によって、組織の基盤を構成する以下の資質が明らかになる。

文化的なDNA:予期せぬプレッシャーに直面すると、チームが真に重視するものが明らかになる。不確実性に直面した時、彼らは何を優先するのだろうか?どのように情報を共有するのだろうか?これらの演習は、こうした傾向を作り出すのではなく、リスク文化の本質を浮き彫りにするものなのだ。

行動規範:これらの演習は、不確実性の中での情報共有・自発的な行動、そして組織横断的な協力に関する新たな規範を確立するのに役立つ。

暗黙の前提:組織は、慣れ親しんだパターンを一時的に破壊することで、物事の仕組みに関する暗黙の前提を明らかにし、それを検証・改善することができる。

信頼ネットワーク:それぞれの演習は、組織の信頼の基盤となる人間関係を強化する。信頼は、実際の危機において極めて重要な文化的要素なのである。

 「管理された破壊」の企業文化への影響は、演習そのものをはるかに超えてくる。リスク文化が協力して検証・強化されると、それは競争上の優位性へと繋がるのだ。

文化のトランスフォーメーションの始動

 「管理された破壊」のアプローチは、従来のストレステストとは異なり、非常に実践的で、脆弱性の共有と集団の成長に焦点を当てている。これらの「管理された破壊」を共に経験することで、チームは階層の境界を越えた相互信頼を築くことができる。リーダーは、自らが責任を負う業務上の現実を理解することになるが、さもなければ見逃してしまう可能性があるのだ。そして、チームメンバーは戦略的優先事項をより深く理解することになる。この相互学習によって、真に協調的なリスク文化の基盤が築かれる。

 それぞれの演習を通して、組織は貴重な洞察を得ることができる。重要な依存関係が明らかになるにつれ、組織はそれらを共同で検証し、グループの適応力・信頼とコミュニケーションのネットワーク、そして協働的な問題解決能力を形作る文化パターンを明らかにすることができる。

 地政学的緊張、テクノロジーの破壊的変化、市場の不安定さが渦巻く環境において、組織のリスク文化が危機によって試されるのを待つことは、大きな脆弱性となる。これらの協働演習を今から実施することで、組織は最も必要な時にレジリエンスに必要な文化基盤を構築することができるのである。

 

トピック
クライシスマネジメント、リスクマネジメント


注意事項:この記事は“Building a Sustained Risk Culture Through Managed Disruption,Adam Ennamli, Risk Management Site, June 4, 2025, (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/06/04/building-a-sustained-risk-culture-through-managed-disruption) をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
アダム・エナミリは、ジェネラル・バンク・オブ・カナダの最高リスク管理責任者。
鈴木英夫は、RIMS日本支部の主席研究員。