CEOと経営幹部のためのタレントリスク管理(2025年7-8月号)

CEOと経営幹部のためのタレントリスク管理(2025年7-8月号)

カール・ニードバラ(訳:鈴木英夫)[*]


2025年7月-8月web特別版

 かつては誰もが認める野望の頂点だった重役室は、近年ますます入れ替わりが激しくなっている。米国では2024年だけで2,221人のCEOが退任し、その数は2023年の1,914人から増加しているのだ。この傾向は減速の兆しを見せておらず、組織にとって適任のCEOを見つけることがますます困難になっている。CEOの地位は輝きを失いつつあり、経営幹部のリーダーシップの本質が根本的に変化しつつあることを示唆している。

CEOの地位が人気を失った理由

 CEOの人気低下は変化であるのみならず、人材リスクの問題である。CEOの役割は圧倒的に複雑で、リスクをはらんでいる。今日のCEOは、前例のない課題続出によって劇的に変化した状況の中にあり、その役割は一部の人々が引き受けたいと思うよりも、よりリスクが高く、ストレスの多い仕事へと変化したのだ。組織の競争力はリーダーシップにかかっており、人材リスクと後継者計画は、業務レベルと戦略レベルの両面で大きなリスクとなっている。優秀な人材を引きつけ、維持し、経営幹部のパイプラインを強化するためには、将来のリーダーにとって最も懸念されるリスクに焦点を当て、組織がそれらのリスクを軽減し、競争力を最大限に高めることが不可欠である。

 サイバー脅威。現代ビジネスにおける最も重大な変化の一つは、テクノロジーの地雷原だ。人工知能(AI)の急速な進歩は、戦略的な導入だけでなく、複雑な倫理的配慮を慎重に行うことを求めている。しかも、明確な規制ガイドラインが存在しないケースも少なくない。同時に、サイバー攻撃・データ侵害・ランサムウェアの増加は、企業存続に関わる脅威として常に存在を脅かしている。CEOにとって、これらは単なる業務上の懸念事項ではなく、個人および企業に甚大な責任を負うのだ。AI導入におけるたった一つのミス、あるいはサイバー侵入を許すことが、壊滅的な訴訟、規制上の罰金、そして取り返しのつかない評判の失墜につながり、CEO個人の地位だけでなく、企業の収益にも直接的な影響を与えかねない。

 法的な地雷。テクノロジーの負担に加え、常に存在する規制および法的課題が頭を悩ませている。コンプライアンスの状況はあらゆる業界で飛躍的に複雑化しており、常に警戒と対応が求められているのだ。このような状況では、集団訴訟、規制上の罰金、そして場合によっては大規模な行政調査のリスクが高まっている。 CEOは、部下の行動や予期せぬシステム上の欠陥に対してさえも責任を問われる可能性があるため、個人的な法的リスクについても注意することが必要だ。CEOを取り巻く法規上の網は厳しさを増しており、あらゆる意思決定が訴訟の引き金となりうる。

「不可能な期待」症候群。テクノロジー分野にとどまらず、CEOは多方面からの厳しい監視に直面している。取締役会はしばしば非現実的な短期的業績指標に固執し、持続可能な長期戦略を犠牲にして目先の利益を追求するよう経営陣を駆り立てる。同時に、社会やステークホルダーからの要求はかつてないほど高まっているのだ。環境・社会・ガバナンス(ESG)への圧力、社会正義への取り組みへの要請、そして倫理的な行動への期待の高まりは、道徳面でも事業運営面でも、困難な状況を生み出している。瞬時に情報が得られ、ソーシャルメディアが普及する現代において、失敗は許されない。少しでも過ちを犯せば、たちまち激しい反発を招き、深刻なレピュテーションリスクにつながり、CEOの肩に重くのしかかることになる。

 こうしたプレッシャーの積み重ね故に、経営幹部は無理な期待にさらされることもある。CEOは、投資家の要求に応え、従業員の福利厚生を確保し、イノベーションを推進し、そして堅固な収益性を維持するという、あらゆる要求を同時に満たさなければならない。この多面的な負担は必然的にワークライフバランスを損ない、深刻な精神的負担、燃え尽き症候群、そして場合によっては離職願望に繋がる。リスク管理の観点から見ると、この燃え尽き症候群は重大な人的資本リスクだ。なぜなら、トップレベルのリーダーシップの離職は単なるコストではなく、組織全体の深刻な不安定化をもたらすからである。

企業が新進気鋭のリーダーを支援する4つの方法

 CEOへのプレッシャーが高まっていることを踏まえ、企業は新任CEOを支援し、その任期を通して支援し続けなければならない。トップレベルのリーダーを引きつけ、維持するには、強固なリスク管理体制を基盤とした積極的なアプローチが不可欠。個々のリーダーの負担を軽減し、責任をより効果的に分担できる、支援的な環境を構築することが重要である。

1.強固なガバナンスと監督

 重要な第一歩は、CEO、取締役会、そしてより広範な経営陣の間で責任を明確に区分し、強固なガバナンスと監督体制を確立することである。役割が明確で、強力な内部統制と監査機能が整備されていれば、CEOは孤立無援ではなくなる。強固なガバナンスを実践することで、リスクと説明責任をリーダーシップ構造全体に分散させ、CEO個人の負担を軽減できる。これにより、重要な意思決定が精査され、潜在的な落とし穴が一人の責任に押し付けられるのではなく、共同であたることができる。

2.包括的なサイバーリスク管理

 サイバーセキュリティとデータガバナンスへの多額の投資は不可欠であり、最新のソフトウェアや保険を購入するだけでは不十分である。行うべきは、セキュリティ意識の高い文化を醸成するための包括的な人材トレーニング、綿密に策定されたインシデント対応計画、ベンダーやパートナーに対する厳格なサードパーティリスク管理などが含まれる。データプライバシーとサイバーリスクに関する専門の法律顧問の活用も不可欠だ。これらの対策は、データ侵害・ランサムウェア攻撃・プライバシー侵害を防ぐ上で不可欠である。これらの侵害は、CEOの責任、高額な訴訟、そして深刻な風評被害につながるからである。

3.前を向いた危機管理

 包括的な危機管理計画が不可欠である。企業は、PR危機・業務上の失敗・法的問題など、考えられるあらゆるシナリオを想定した詳細な脚本を策定する必要がある。定期的な訓練とシミュレーションは、リーダーがプレッシャーの下で迅速かつ効果的に対応できるよう、準備を整える上で重要だ。避けられない危機の影響を最小限に抑えることで、企業はCEOのストレスと個人的な負担を大幅に軽減できる。明確な計画があることを前提とした、経験豊富なチームは、潜在的な大惨事を管理可能な課題へと転換することができる。

4.透明性、説明責任、そして支援

 透明性と説明責任を重視する文化を育み、強力な支援体制を構築することが極めて重要である。これを実現するために、組織は、リーダーが心理的に安心して間違いを認めたり、助けを求めたりできる、オープンなコミュニケーションチャネルを構築する必要がある。将来のリーダーのための充実したメンターシップと後継者育成プログラムを実施することは、人材のパイプラインを確保するだけでなく、育成と責任の共有へのコミットメントを示すことにもなるのだ。支援的な文化は、CEOやその他の経営幹部を悩ませる孤立感を軽減し、リスクに対する責任の共有を可能にし、集団的なレジリエンス(回復力)を育む。リーダーが力を得、保護され、長期的な成功に向けて準備が整う環境を創出する。

経営幹部の採用と維持における保険の役割

 経営幹部という極めて重要なリーダーシップの世界において、堅牢なリスク管理は、インシデントの防止に役立つだけでなく、優秀な経営幹部の獲得と維持でも、しばしば見落とされがちな強力なツールとなり得る。専門的な保険ソリューションを戦略的に導入することで、重要なセーフティネットが構築され、多くの人が最高職を目指すことを躊躇する原因となっている個人の賠償責任に直接対処することができる。

 こうした保護の最前線にあるのが、取締役・役員賠償責任保険(D&O保険)である。この保険は、取締役または役員としての立場で犯したとされる不法行為に起因する訴訟費用・和解金・賠償金判決を補償することで、経営幹部を守る。CEOにとって、D&O保険は個人のセーフティネットの重要な構成要素であり、企業訴訟に伴う莫大な経済的リスクから個人資産を保護するのだ。個人資産の保護は優秀な人材にとって大きな魅力であり、リーダーは個人的な破滅を恐れることなく、困難で戦略的な意思決定を行うことができる。

 広範な対象を有するD&O保険に加え、雇用慣行責任*(EPL)保険*も重要な保護を提供する。EPL保険は、差別・ハラスメント・不当解雇、その他雇用関連の申し立てに関する請求をカバーする。リスク管理の観点から見ると、CEOが人事問題の最終責任を負うことが多いことから、EPLが企業とCEOの両方を訴訟や評判の失墜といった共通の要因から保護するのだ。同様に、サイバー賠償責任保険は企業向けであることが多いものの、データ漏洩訴訟で具体的に名前が挙がった役員にも個人保護を拡張し、テクノロジー関連の個人賠償責任に対する包括的なリスク軽減戦略を強化する。
(*訳者注:米国の雇用慣行責任(EPL)とは、企業が従業員や求職者に対して負う、雇用に関する法的責任全般を指す言葉。関係する法律は、公民権法、雇用における年齢差別禁止法、米国障害者法、公正労働基準法、家族医療休暇法などである。)
(*訳者注:我が国でEPL保険は、業務災害補償保険や労働災害総合保険(政府労災の上乗せ)に雇用慣行賠償責任特約として販売されている。)

 その他の戦略的な保険ソリューションは、経営幹部にとって企業の魅力をさらに高める。専門職賠償責任保険/過失・不作為(E&O)保険*は、専門的なアドバイスやサービスが中核的な事業機能である業界にとって不可欠である。この保険は、CEOが監督することが多い職務上の過失やミスによる請求をカバーする。最後に、キーパーソン保険は、CEOのような重要な幹部が病気、障害、または死亡した場合に発生する経済的損失から企業自身を守る。個々のリーダーを保護するための保険は、将来の幹部や現幹部にとって強力なメッセージとなり得る。企業は、採用パッケージの重要な福利厚生として、これらの充実した保険プログラムの価値を積極的に伝えるべきだ。
(*訳者注:E&Oとは「Errors&Omissions」の略称で、Errorsは「過失(不注意による失敗)」、Omissionsは「怠慢」。「E&O保険」とは、業務遂行上の過失や怠慢が原因で起きた損害を補償する保険のこと。)

 CEOという役職は、誰もが憧れる夢の仕事から、要求が厳しくリスクの高い役職へと変貌を遂げ、優秀な人材の大量流出につながっている。他方で、この課題は、先進的な組織にとってチャンスともなり得る。積極的なリスク管理体制と包括的な保険ポートフォリオは、企業がトップクラスのリーダーシップを惹きつけ、維持し、真に支援する能力に直接影響を与える戦略的投資である。企業は、経営陣へのサポート体制を見直し、強力なリスク管理を、優秀な経営陣獲得競争における重要な競争優位性と捉えるべきである。

トピック
新興リスク、保険、法的リスク、レピュテーションリスク、リスクマネジメント、戦略的リスクマネジメント


注意事項:この記事は “From Corner Office to Revolving Door: Managing Talent Risk with CEOs and Executive Leadership,” Carl Niedbala | August 5, 2025, Risk Management Site:
をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。

カール・ニードバラは、Founder Shield社の共同創設者兼COO。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。