政治的不安から従業員を救い出す(2021年10月号)

政治的不安から従業員を救い出す(2021年10月号)

アダム・ジェイコブソン[*]


10月号表紙

 2021年の夏、アフガニスタンで劇的な避難シーンが繰り広げられ、海外で事業を展開している企業や、海外で事業を行うために従業員を派遣している企業は、政治的な不安定さが引き起こす人間に対する利害について改めて認識させられた。タリバンがカブールに侵攻して政権を奪還したとき、多くの政府、企業、NGO、国際機関が海外スタッフの避難を余儀なくされた。その10年前には、エジプトで長年政権を維持してきたホスニ・ムバラク大統領がデモ隊によって倒され、日産、シェル、ノキアなどの企業が多くの従業員とその家族の避難を急いだ。

 ある意味では、このような非難は医療上の緊急事態のために従業員とその扶養家族を国外に避難させるのと似ているかもしれない。しかし、事業運営や従業員を脅かすまでに政情不安が生じたときに、避難を準備、実行するには、組織が考慮しなければならない独自の要因がいくつかある。

 2020年の国連声明によれば、「紛争と暴力は現在、増加傾向にある」としており、その原因は「未解決の地域的緊張、法の支配の崩壊、国家機関の不在または協力、不正な経済的利益、気候変動によって悪化した資源の不足」であるとしている。このような脅威の高まりを受けて、リスク専門家とその企業は海外で働く従業員と事業を守るために、ロジスティックス計画を優先し保険のオプションを綿密に研究しなければならない。

ロジスティックスと計画策定

 米国務省の海外安全保障諮問グループは、「海外における米国企業のための緊急事態計画ガイドライン」の報告書の中で、避難のための3つの段階を概説した。

  • フェーズ1: 警告―ホスト国の不安定さを企業や個人に注意勧告する。
  • フェーズ2: 限定的行動―海外駐在員とその扶養家族の一部または全面退避につながるような、緊張や不安定さが高まっている状況下で、避難の準備を強化する。
  • フェーズ3: 退避―退避の決定が差し迫っているか、既に決定されており、事業の撤退や停止が差し迫っているか、進行中の状況下で行われる最終的な準備や退避。

 従業員避難のための強固な危機管理計画では、会社はこれらの各段階にどのように対処するかに取り組むべきである。この計画では、輸送、旅行手配、医療、セキュリティなど、避難の際に会社が頼りにするサービス提供会社を特定する必要がある。また、全国規模の抗議活動、米国市民や特定の場所が狙われているという情報、米国国務省脅威評価の上昇など、一連の潜在的な「引き金となる出来事」を特定しておく必要がある。

 この計画では、各事象が引き起こすであろう反応を丁寧に説明するべきである。これには、従業員を撤退させる前に家族を避難させること、従業員とその家族を特定の安全な場所に移動させること、あるいは単に移動の準備をして、何を持って行き、何を残すべきかを評価することなどが含まれる。また、サービス、保険会社、国内の従業員との連絡を誰が調整するかなど、これらの対応に対する組織内の明確な責任ラインについても詳しく説明するべきである。

 可能な限り、組織とその従業員は緊急時に何をすべきかを事前に正確に把握しておく必要がある。保険会社アクサの一部門であるアクサ・エックスエル上級副社長兼米国セキュリティ・リスク責任者デニス・バランは、「きっかけとなる出来事が起こっても、まず混乱を招くことは避け、早急に対策を講じなければならない」と、述べた。「これを会社の日常的な業務に組み込まねばならない。」

 しかし、企業が一貫して計画を更新し、訓練していなければ、実際の緊急事態では計画は役に立たないかもしれない。セキュリティコンサルティング会社グローバル・ガーディアン社長兼CEOデール・バックナーは、「フォーチュン1000社のすべての企業は、回復計画や危機管理計画などを持っており、すべての異なるシナリオに対応する300ページの本を持っている」と、述べた。「問題は、それらが本棚に置かれたまま、訓練することがないことだ。」

 バックナーは、企業が重要なスタッフと共に、年間最低2回の机上訓練を実施し、危機管理計画、保険適用範囲、提供業者を見直して更新し、緊急事態シナリオを実行してみることで、必要なことを詳細に至るまで確実に準備し熟知することを推奨した。この訓練では、インターネットや電話が使えない場合に備えて、各拠点でどの社員が衛星電話を持っているか、それが使えるかどうかなど、具体的な内容までも確認すべきである。

 また、企業は緊急時に対応する派遣国内の供給業者について、連絡を取るべき個々の担当者の決定を含め、徹底的に精査するために、この機会を利用すべきである。さらに、各提供業者の現在の避難管理能力と、これらの業務における役割についても検証すべきである。バックナーは、「もし、その国やその都市に何台の車両があるのか、その国やその都市に何人のエージェントがいるのかを詳しく説明できなかったり、外部から来ると言ったりしたら、本当に困ったことになる」と、警告した。その回答に基づいて、会社は提供業者を変更するかどうかを評価する必要があろう。

 危機への切れ目のない対応を実現するためには、従業員を海外に派遣する前の研修と、派遣国で活動している間のコミュニケーションが必要である。このコミュニケーションには、通常、大規模なイベントを追跡する米国国務省のガイダンスや渡航勧告よりも、より詳細な最新の分析を含めるべきである。国務省が日々の最新情報を公開することはないだろうし、政治的混乱の状況がいかに流動的であり、どれほど早く危険な状態になるかを考えれば、専門家がより頻繁に具体的な情報を会社に提供することは有益である。

 大企業であれば、社内にこのような資源があるかもしれないが、中小企業の場合は、セキュリティ・コンサルタントや他の課題別専門家を雇うことが多い。会社が契約する保険会社は、そのような資源を提供することも、それらと調整することもできる。また、派遣国のインターネットや電話回線が停止した場合でも、スタッフに安全に情報を伝達できる方法を確保すべきである。「自分が住んでいる国の治安状況について、誰もが知らないままでいるべきではない」と、バランは述べた。

 派遣国の治安状況によっては、主要な従業員を避難させずに、残留させることもある。この場合も、事前に綿密なロジスティクス計画を立てる必要がある。「安全な隠れ家を確保するための資産を確保し、事前に避難経路として選択した道路やルートが有効であることを確認する必要がある」と、バランはアドバイスした。「安全を確保し、どの場所に集合するにしても、支援するための必要人数を確保しなければならない。」

その他の保険に関する検討事項

 避難が開始されると、費用が一気に膨らみ、命を救う可能性のあるサービスの需要が高くなる。例えば、国外への航空券は価格が高騰することがある。企業はこれらの費用を負担し、最新のセキュリティ評価や安全な場所への移動やエスコートなどの資源を利用するために保険を利用することが多い。保険会社が危機管理計画の作成や、従業員の研修を支援するコンサルタントを提供することもよくある。

 政治的または社会的な危機における避難に備える際、組織は誘拐・身代金保険に頼ることが多い。リスク管理者は、標準的な保険契約で利用可能なサービスや、追加的なサービスの拡張について理解するために、ブローカーに相談すべきである。これらの保険には、被保険者が気づいていないような便利なサービスが含まれていることが多く、海外に従業員を派遣している企業を支援するための拡張サービスやアドオン・サービスもある。

「購入可能な拡張サービスがいくつかある。そのうちの1つは、旅行者と海外駐在員の双方にとって安全な避難手段となりうる」と、バランは述べた。「また、自然災害からの避難を補償することもできる。これは、避難者の数に応じて、裏書きとして、あるいは単独で契約することができる。この補償は、交通費や宿泊費などの避難費用に加えて、携行品の紛失や従業員補償(通常は90日まで)にも対応している。

 誘拐と身代金の補償に加えて、出張事故や出張保険(BTI)の補償もある。「BTI保険が提供する伝統的な医療と旅行の補償に加えて、多くの場合、安全な避難のためのオプションもある」と、バランは述べた。

 とはいえ、保険には限界がある。例えば、バランによると、タイミングの判断が完全に会社に任されているとは限らない。「払戻請求が補償されるためには、“新聞で読んだ内容が気に入らないから人を連れ出す”と決めることはできない」。通常は、国を離れることを推奨する州の公認部門からの申告、あるいは避難が望ましいとする合意済みのセキュリティ・コンサルタントからの評価を必要とする。また、赴任先国が従業員や企業の資産を差し押さえたり、収用したり、従業員を好ましからざる人物と宣言した場合など、潜在的に引き金となる状況もある。

 企業は海外の従業員に対して適切な保護措置を講じていると考えているかもしれないが、バックナーは、多くの人が危機に際して保険が適用されていないことに驚いていると、注意を促している。「保険には様々な制約があることを認識し、理解した上で購入しなければ、失望することになる」と、彼は述べた。

 結局のところ、このような悲惨な状況下で従業員と企業の利益を守るためには、危機が起こる前にリスク専門家が仕事をする必要がある。「今、コミュニケーションをとることができれば、今、組織化することができる」と、バックナーは述べた。

トピック
災害対策、新興リスク、健康と健康、国際、政治リスク、リスク評価、安全、セキュリティ、小規模事業者、テロリズム


注意事項:この記事は、“Evacuating Employees from Political Unrest”, Risk Management, October , 2021, pp.4-7をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
アダム・ジェイコブソンは本誌副編集長。