増大する関税リスクへの対応~貿易信用保険の検討(2025年11-12月号)

増大する関税リスクへの対応~貿易信用保険の検討(2025年11-12月号)

ラス・バンハム[*]


 トランプ政権が米国の輸入品に対して幅広い関税を課し続ける中、米国に拠点を置く企業は深刻な財務上の不確実性に直面している。多くの企業は商品や原材料の調達コストの増加、利益率の低下、キャッシュフローの減少に直面しており、その結果、支払い遅延や債務不履行が発生し、世界中の貿易相手国における売掛金問題を引き起こすおそれがある。一部の企業は財務的な困難に直面し、深刻な場合には倒産の危機に瀕する可能性もある。

 関税率の上昇と、頻繁かつ不規則な間隔で改訂される新たな関税の混乱により、国際貿易に従事する企業において、貿易信用保険*)の重要性が高まっている。この保険は商業債務の不払いによる損失をカバーするが、この形態の保護に加入している企業は比較的少数である。
*) 訳者注:貿易信用保険(trade credit insurance)と呼ばれる保険制度のこと。この保険は日本では、以下の2つの制度がある。
1.貿易保険:輸出入などの国際取引における、相手方の倒産や戦争・革命などのカントリーリスクによる代金不回収のリスクをカバーする公的保険制度。
2.売掛金(債権)保証保険、取引信用保険:国内取引または国際取引における、取引先の倒産などによる売掛金(債権)の不払リスクをカバーする民間(損害保険会社など)の保険商品。

 「現在の関税を取り巻く情勢から、貿易信用保険はリスク管理者にとって絶対に考慮すべき事項だ」と、HUBインターナショナル社の複雑リスク部門シニアバイスプレジデント、ジェリー・ポールソン氏は述べている。「関税の影響で企業が原材料費を15~20%多く支払わなければならない場合、財務への影響は甚大になる。貿易信用保険は、顧客の倒産による売掛債権のリスクをカバーし、買い手の債務不履行リスクを軽減するとともに、キャッシュフローを改善することで、このジレンマを解決するのに有用だ。」

 国際信用保険保証協会(ICA)によると、世界の貿易の約15%が貿易信用保険でカバーされている。保険ブローカーWTWが2025年3月に実施した調査では、顧客からの需要が高まったと示唆していたが、国際貿易に従事する企業のほとんどは、コストの高さや、限られた補償条項・加入条件・除外事項の厳しさといった認識から、この保険に加入していない。しかし、ブローカーらは、現在の地政学的情勢と米国の関税や貿易紛争をめぐる不確実性の高まりにより、企業がこの保険商品の価値を再考することになると指摘している。

 「ほとんどの国際貿易はオープンアカウント条項*)で行われ、支払期日前に商品を出荷・納品しなければならない」と、WTWの信用リスク専門リーダーであるイアン・ワッツ氏は述べている。「売り手側の企業は貿易信用保険なしでは、こうした(支払い不履行の)リスクを管理することはできない。」
*)訳者注:「オープンアカウント条項(Open Account Terms)とは、貿易において代金後払いを基本とする決済条件で、売主(輸出者)が買主(輸入者)に商品を先に船積み・引渡し、買主は商品を受け取った後、契約で定められた期日(通常は30日、60日、90日など)までに代金を支払うという方式。

 貿易信用保険は、支払い不履行リスクを軽減するだけでなく、輸入業者がこれまで取引を避けたり、無視したりしていた企業との取引への安心感を高める。輸出業者の販売量が増加すると、資金が潤沢になり、イノベーションと成長のための事業投資が可能となる。

 「企業の規模や、製造業者か卸売業者かに拘わらず、リスク軽減策としての保険を無視することはできない」と、ギャラガーの信用・政治リスク担当マネージングディレクター、マーク・ワグマン氏は述べている。「通常、売掛金は企業のキャッシュフローを支える生命線であり、貸借対照表上で最大の無担保資産なのだ。だから保険は、世界貿易の潤滑油となっている。」

苦難の時と苦い教訓

 世界中で貿易信用保険を提供している保険会社の数を推定することは困難である。一部の報告では、保険会社と政府機関は20数社・機関と推定されているが、他の報告ではその数よりはるかに多いとされている。提供社の数に関わらず、市場規模がかなり大きいことは明らかだ。ビジネス・リサーチ・カンパニーによると、貿易信用市場は2024年の122億ドルから今年は133億ドルに達し、年平均8.9%で成長する見込みである。

 長年、貿易信用保険市場は比較的に安定していた。しかし、2019年末に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが顕在化すると、市場は突如として硬直化した。多くの政府がロックダウンや国境封鎖を命じ、世界のサプライチェーンと貿易の流れが混乱した。貿易信用保険の請求件数は急増したのだ。保険会社ユーラー・ヘルメス(現アリアンツ・トレード)は、2020年4~6月を通して請求件数が大幅に増加したと報告している。これを受けて、一部の保険会社は保険引受規模を縮小し、他の保険会社は信用限度額を引き下げ、引受業務をより慎重に行うようになった。

 「新型コロナウイルス感染症が流行した当時、私は貿易信用保険会社コファスでコマーシャル・アンダーライター*1)を務めていた」と、現在保険ブローカーのロックトン・オーストラリアで貿易信用保険および政治リスク担当のクライアントマネージャーを務めるサム・ロッダ氏は述べている。「主要市場は硬直化し、保険料率は20%から30%上昇し、超過保険料率(excess market rates)*2)は倍増した。一部の保険は(引受けが)20%削減された。」
*1)訳者注:「コマーシャル・アンダーライター(commercial underwriter)」とは、企業や商業団体向けの保険契約に関するリスクを評価し、引き受けの可否を判断する専門職。
*2)訳者注:「超過保険料率(excess market rates)」は、Primary (基本) 保険の限度額を超えた部分をカバーする「Excess Policy(超過保険)」の保険料率を指す。

 各国政府は市場への悪影響を軽減するために介入した。英国は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの間、企業を支援し、貿易信用保険の補償範囲と信用限度額を維持するため、100億ポンド(約1兆8千億円)規模の暫定的な貿易信用再保険制度を設定した。政府は民間の貿易信用保険会社の再保険会社として機能し、損失リスクを分担した。「貿易信用市場の引受けが減退すれば、サプライチェーンにさらなる負担がかかり、はるかに大きな影響が生じたはずだ」と、アリアンツ・トレード・アメリカの社長兼CEOであるサラ・マロー氏は述べている。

 同様のプログラムはフランスやドイツなどの国でも実施されたが、米国では実施されていなかった。「新型コロナウイルス感染症の流行で実証されたように、貿易信用保険はサプライチェーンの流動性を維持するために不可欠だ」とマロー氏は述べている。「世界貿易を維持する接着剤のような存在なのだ。」

現状を脅かす

 世界貿易の均衡に対しては、ドナルド・トランプ大統領の関税戦略が打撃を与えた。この戦略は、予測不可能な高関税の波状攻撃を恣意的な期限設定で発動し、その後、これらの決定を撤回し、また高い関税を課すという彼のやり方を特徴としている。貿易信用保険市場は今のところ安定しているものの、トランプ大統領の揺らぐ関税発言は現状を変える可能性がある。トランプ政権は貿易相互主義、すなわち「公平な競争条件」を求めており、外国製品が米国市場に入る際に、米国製品が外国市場に入る際に直面するのと同等の関税を課されるというものだ。

 例えば、トランプ大統領は2月に中国からの輸入品に10%の関税を課し、数週間後に20%に引き上げ、4月には145%に引き上げた。翌月には、実効関税率を30%に引き下げた。その後、10月には、11月1日から中国製品に100%の追加関税を課すと警告した。大統領は、ほぼ全ての米国の貿易相手国に対し、同様の関税発動を断続的に宣言してきた。最近では、オンタリオ州政府による反関税の政治広告をめぐる論争を受けてカナダからの輸出品に10%の関税引き上げも行われた。

 「この政権は非常に気まぐれだ」とギャラガー社のワグマン氏は述べている。「その多くは貿易相手国に対する姿勢だ。[トランプ氏は]貿易相手国の注意を引くために、最初に驚くほど理不尽な姿勢を取っている」

 高関税が当面維持されると仮定すると、貿易信用保険に悪影響が出る可能性が高い。KPMGが7月に実施した調査では、米国企業の57%が、外国製品への支払い増加が直接的な原因で粗利益率が低下していると回答している。回答者のほぼ半数が、高関税を相殺するために必要なサプライチェーンの変更を実施するのに7か月から1年かかっていると回答。「企業は、もはや短期的な変動ではなく、持続的な混乱によって特徴づけられる貿易環境を生き抜かざるをえない」と、KPMG USの工業製造アドバイザリー・パートナーであるジョー・ラックナー氏はプレスリリースで述べている。

 複数のエコノミストは、関税が財務上の逼迫に苦しむ企業への圧力を強め、将来的に倒産率の上昇につながると予測している。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスがまとめたデータによると、2025年3月までの米国の倒産件数は2010年以来の最高水準に達した。専門家たちは、変化する倒産状況を注視している。

 「幾つかのセクターでは、(顧客の)脆弱性が高まり、保険会社が補償範囲を縮小し始めてさえいる」とワッツ氏は述べている。「関税・高金利・地政学的緊張など、外部経済環境において企業にとって追加的なリスクをもたらすあらゆる要因が、アルゴリズムとリスク評価に組み込まれるであろう。長期的なリスクとしては、(保険の)供給能力が低下し、価格が上昇する可能性もある。」

今のところは安定している市場

 関税をめぐる不確実性が続いているにもかかわらず、貿易信用保険市場は安定を維持しており、これは世界中で物品を売買する企業にとっては朗報だ。保険ブローカーや保険会社は、(保険市場が逼迫しておらず)価格は維持されていると報告している。(保険引受けの)キャパシティはほぼ最高水準にあり、アリアンツ・トレード、コファスSA、アルトラディウスの3大保険会社に加え、複数の保険会社が当該保険を提供している。これらの3社は、世界のリスクキャパシティ*)の約70%を占めている。「世界的にも米国でも、貿易信用保険市場は長期にわたって低迷している」とマロー氏は述べている。
*)訳者注:「リスクキャパシティ(risk capacity)」とは、保険会社が経営の安定性を損なうことなく、財務上許容できる最大のリスク量を指す。

 マロー氏は、現在の落ち着いた市場は、コロナパンデミックによる厳しい状況(キャパシティの急激な減少、引受の厳格化、価格上昇)の後、保険金請求がそれほど多くなかったことが影響していると説明する。信用保険会社はその後、準備金を積み増し、リスク選好において競争力を高めることができたと説明している。

 米国の高関税に直面している国の輸出業者にとっても、軟調な保険市場環境は続いている。例えば、トランプ大統領は8月1日からカナダからの輸入品に35%の関税を課した。しかし、保険ブローカーのCrediAssur社長であり、カナダ売掛金協会の元理事長であるミシェル・デイビー氏によると、「貿易信用保険会社はむしろ取引獲得に苦戦しており、市場から撤退する保険会社はほとんどなく、依然としてかなり競争が激しい」とのことである。

 米国の保険ブローカーによると、これまでのところ、米国でも同様の状況が続いている。「不動産などの損害保険の引受業者が提示する保険料が前年比で2桁下落するという噂とは異なり、(貿易信用)保険料は堅調に推移している。(市場の)軟化は、私たちの分野では起こっていない」とワグマン氏は述べている。「ポートフォリオベースでも個別ケースベース*)でも、リスクを引き受ける余力は確実にある。」
*)訳者注:米国の保険引き受けにおける「ポートフォリオベース(portfolio basis)」と「個別ケースベース(single situation basis)」は、リスクを評価し、引受を決定する際のアプローチの違いを示す概念。これは、特に商業保険や再保険の分野で、アンダーライター(引受担当者)がリスクを個別に判断するか、または全体の一部として判断するかを区別するもの。

 しかし、急激な関税引き上げに直面している国のサプライヤーへの影響は長引くため、企業が(米国側の)関税が低い、あるいは関税が課されていない輸出国のサプライヤーに代替しようとするため、調達する資金と保険の引受け意欲が急速に変化する可能性がある。このような代替戦略は、特に米国のバイヤーが企業の収益と利益の大部分を占めている場合、輸出元のサプライヤーの財務状況に悪影響を及ぼす収入の喪失につながる。サプライヤーの収益への圧迫は支払い不履行につながり、保険会社に貿易信用損失をもたらす可能性がある。世界中の多くのサプライヤーに波及すると、軟調な市場環境が逆に悪化することになる。

 「貿易信用市場は、平常時よりも全体的に損失が増えると予想される」と、貿易信用保険プロバイダーであるカナダ輸出開発公社(EDC)のシニアバイスプレジデント兼保険・中小企業パートナーシップ責任者であるジュリー・ポッター氏は述べている。「当社では、損失率が上昇している。」カナダの輸出業者に対する米国の高関税により、一部の保険加入者は状況を見守るため、保険加入を一時停止せざるを得なくなっている。 「私の見方では、損失はさらに増える可能性が高い」と彼女は述べた。「制度に何か変化があれば、それは当然のことだ。」

 しかし、ポッター氏はその影響は短期間で収まると楽観視している。「これまでの経験から、全般的には企業は谷間を乗り越えることができそうだ」と述べている。「彼らは非常に機敏だ。金融危機とパンデミックを乗り越えてきた。そして今回も、(貿易信用保険)市場がリスク引き受け意欲を失わない限り、乗り越えられるだろう。」

 当面は、貿易信用保険の購入者が依然として優位に立っており、前回の契約更新時と同等、あるいはそれ以上の好条件と価格を交渉できるはずだ。「暗い見通しはあるものの、今は信用保険を購入するのに良い時期だ」とマロー氏は述べている。「関税は1940年以来の高水準にあるが、貿易取引は依然として行われている。」

 彼女は、多くの企業がサプライチェーンを関税の低い国のサプライヤーに切り替えていると指摘している。「(貿易信用保険)市場は、今後の動向を見守る状況にある。まだ仕掛の段階だ」と彼女は述べている。

 結果として、リスク管理担当者にとって、保険の選択肢を検討するには絶好の機会と言えるだろう。「保険市場に十分なキャパシティがあり、保険会社の強い引受け意欲と積極的な価格設定がまだある今こそ、リスク管理者にとって、売掛金リスクを吸収するための貿易信用保険の価値をCFOや財務担当者に提示する絶好の機会だ」とポールソン氏は述べている。

トピック
新興リスク、保険、国際リスク、政治リスク、サプライチェーン


注意事項:この記事は、“Exploring Trade Credit Insurance in Response to Increasing Tariff Risk”,Russ Banham | RIMS Risk Management Site, November 11, 2025をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ラス・バンハムは、ロサンゼルスを拠点とするベテランビジネスジャーナリスト兼作家。