「DEIからの撤退リスク」の評価(2025年11-12月号)
ジェニファー・ポスト[*]

現在の政治情勢において、多くの企業が取締役会・クライアント・顧客・スポンサーからの圧力を受け、DEIプログラムを縮小することを選択している。しかし、非営利団体Catalyst*)とニューヨーク大学ロースクールのメルツァーセンターの合同調査によると、これらのプログラムを縮小するという決定は、企業にとってマイナスの影響を与える可能性がある。例えば、経営幹部の77%は、DEIプログラムは財務業績の向上と正の相関関係にあると回答し、81%は顧客ロイヤルティの向上と正の相関関係にあると回答している。さらに、経営幹部の83%と法務責任者の88%は、主要な法的リスクを軽減するためには、DEIプログラムの維持または拡大が不可欠であると述べている。企業が組織全体のDEIプログラムから撤退するか、あるいは名称を変更するかを検討する際には、4つの主要な領域でリスクを評価する必要がある。
*)訳者注:Catalyst (カタリスト)とは、1962年にニューヨークで設立されたグローバルな非営利団体 (NGO) 。その目的・使命は、職場における女性の進出とインクルージョンを加速させ、女性にとっても、そしてすべての人にとっても働きやすい職場を創出すること。
優秀な人材の獲得と維持:ミレニアル世代とZ世代*)は、インクルージョンと公平性への明確なコミットメントを示す雇用主を求める傾向が強い。これはニッチな問題として片付けられるものではない。労働統計局によると、この2つのグループは今後数年以内に労働力の3分の2以上を占めると予想される。Catalystとニューヨーク大学のレポートによると、Z世代の86%は、DEI(多様性・インクルージョンと公平性の両立)をサポートする企業に留まる可能性が高いことが示されている。さらに、Z世代の従業員の61%は、DEIをサポートしていない企業には応募すらしないと回答している。
*)訳者注:「ミレニアル世代」とは、2000年以降に成人・社会人になった世代。「Z世代」は1990年代半ばから2010年代初頭に生まれた世代を指す。ミレニアル世代はデジタル黎明期に育ち、SNSを通じて「共感」や「体験」を重視する傾向がある。一方、Z世代は生まれたときからデジタルデバイスが当たり前に存在し、「実用性」「コストパフォーマンス」を重視し、現実的な思考をするとされている。
差別・ハラスメント等の法的リスク:多くの法務専門家は、DEIの取り組みを削減または廃止する企業は、訴訟リスク、特に女性・有色人種・LGBTQIA+ *)を自認する従業員からの従来型の差別訴訟のリスクが高まると指摘している。「DEIから後退することは中立的な行為ではなく、結果を招く選択だ」と、メルツァー・センターのAdvancing DEI Initiativeプロジェクトディレクター、クリスティン・ジョセフ氏は述べている。 「これらのプログラムは、特に社会的に疎外されたグループに影響を与えるからである。」
*)訳者注:「LGBTQIA+」は、性的マイノリティ(少数派)を表す非常に包括的な総称。性の多様性を表す頭文字を組み合わせたもので、「L」「G」「B」「T」だけでは表しきれない多様な人々の存在を包含している。
組織がDEIプログラムを導入しているかどうかに関わらず、たとえ大統領令や州のDEI禁止令によって変更されたように見えても、差別禁止法は変更されていないことに留意すべきだ。「職場での差別から従業員を守ることは依然として重要」と、Third Ear Conflict ResolutionでDEIを専門とする雇用法の弁護士、ナンス・シック氏は述べている。「6月にエイムズVsオハイオ州青少年サービス局の判決が下されたため(この判決により、差別訴訟を起こすための多数派集団の構成員の難しい証拠提出義務が撤廃された)、多数派グループに属する*)とみなされる従業員も対象となる。」
*)訳者注:DEIによる逆差別に関しては別号「米国で『逆差別』訴訟が急増」
(https://member.rims-japan.jp/knowledgebase/202508185082/)を参照。
評判失墜と信頼喪失:企業がDEIプログラムを導入していることは、個々の消費者によってプラスにもマイナスにも捉えられる。こうした多様な感情と、用語の顕著な政治化を踏まえ、経営幹部の78%が、DEIへの取り組みを「従業員エンゲージメント」「職場文化」「帰属意識」「公平性」といった新しい用語で再定義している。しかし、DEI の背後にある原則への取り組みは変わらないと彼らは主張している。
「組織は後退する必要はない。微調整が必要なのだ」と、Catalystのリサーチ責任者であるタラ・ヴァン・ボメル氏は述べている。「つまり、『DEI』が従業員と顧客にとって真に何を意味するのかを理解し、それらの価値観を常に実施していること、そしてそれを伝え続けていくことである。」
シック氏によると、(チェーンストアを運営している)Target社は「組織が顧客価値を十分に理解していない場合に何が起こるか」を示す好例である。「同社は2020年に黒人従業員とベンダーの機会拡大を公約して以来、利益とその他の主要指標における成果を向上させた」。「しかし、政治情勢の変化に伴い、すぐにこのコミットメントを撤回した。Target社は、コンプライアンスを遵守した形で取り組みを推進する方法を見つけられなかったため、取り組みは単なる利益増加のためのパフォーマンス施策に過ぎなかったように見えてしまった。現在、顧客と従業員の多くが同社を去っている。それは、彼らが表明した価値観・ポリシー・手順を含む約束を守るとは、もはや信頼されていないからだ。」とシック氏は述べている。
事業機会の喪失などの財務リスク:Catalystとニューヨーク大学の調査によると、回答者の69%がDEIを積極的に支援する企業から購入すると回答しており、この数字はZ世代では78%、女性では74%に昇る。さらに、回答者の3分の1以上が「DEIへの取り組みを廃止または縮小した企業からは購入しない」と回答している。「そのような顧客や従業員を喜んで受け入れてくれる企業は必ず存在する」とシック氏は述べている。
組織のためのリスク軽減のヒント
組織のプログラムを縮小したり、ブランドイメージを刷新したりすることはリスクを伴うが、DEIプログラムは現在の米国の政治情勢において特にデリケートな問題である。Catalystとニューヨーク大学の報告書によると、DEIプログラムの変更前・変更中・変更後のいずれにおいても、組織にとって役立つヒントがある:
#包括的なDEIリスク評価を実施せよ:評価には、DEIプログラムからの撤退による法的、評判、および従業員への影響に加え、プログラムの維持または拡大による影響も含める。例えば、DEIプログラムを拡大することによる法的リスクとしては、多数派原告からの訴訟、現政権による捜査、大統領令、連邦政府との契約失効といった措置などが挙げられる。
#リスクバランスをとるために、DEIプログラムに必要な変更を加えよ:これらの変更には、既存のDEIイニシアチブの名称変更や、組織が他のステークホルダーや利害関係者に目標を伝える方法の調整などがある。DEIプログラムの変更は、プログラムの影響に基づいて決定する必要がある。組織の価値観や事業目標と整合し、具体的な成果を上げているプログラムは、おそらくより高い法的リスクを許容できる。一方、リスクは高く影響力が低いプログラムは、現状のままでは維持する価値がない。
#組織内の全員に差別禁止のベストプラクティスを研修せよ:職場で研修が実施され、継続的に強化され、問題事案がそれぞれの状況において可能な限り人道的、迅速かつ完全に解決されるよう徹底する。
#多様性とインクルージョンの価値観に沿った行動を採れ:報告書によると、「リーダーシップの意図」と「従業員の実務」の間にある認識のギャップを埋めるためには、組織内で何をしているかを一貫して明確に伝えることが重要である。組織は、採用・メンターシップ・業務配分・業績評価・昇進プロセスといった職場の日常的な慣行にDEIの考慮を組み込むことで、これを実現できる。また、DEIのための予算と人員が、リーダーのDEIへの投資とコミットメントに見合っていることを確認するとともに、リスク評価に基づく正当な理由がない限り、既存のDEIプログラムを閉鎖したり大幅に変更したりしないよう注意する必要がある。
#DEIプログラムを維持し、継続的に評価と調整を続けよ:組織は、ビジネスにとって持続可能なものと、世界的なトレンドや考え方をバランスよく考慮し、DEIプログラムを長期的かつグローバルな視点で捉えるべきである。これには、必要に応じて修正を加えることも必要だが、プログラムを完全に廃止することは避けるべきである。
「成功するリーダーは、プレッシャーや分断の時代であっても、衝動的な反応や場当たり的な解決策に頼らず、数十年にわたる研究に基づいた成果につながる解決策と実践をリードすることが重要だ」と、CatalystのCEOであるジェニファー・マカラム氏は述べている。「自らの価値観に忠実であり続ける組織は、この不確実な時代を乗り越え、より強くなる。」
トピック
ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)、従業員福利厚生、人事、法的リスク、リスク評価、戦略的リスクマネジメント
注意事項:この記事は、“Assessing the Risks of Retreating from DEI,” Jennifer Post | November 25, 2025をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ジェニファー・ポストはリスクマネジメントの編集者。
鈴木英夫はRIMS日本支部の主席研究員。