最近の出版をめぐる論争が、企業におけるAI利用ポリシーの必要性を浮き彫りに(2026年7-8月号)

最近の出版をめぐる論争が、企業におけるAI利用ポリシーの必要性を浮き彫りに(2026年7-8月号)

ジェニファー・ポスト(訳:鈴木英夫)[*]

2026.July-August

AI使用により小説出版が停止

 今年の3月、ニューヨーク・タイムズ紙の調査により、ミア・バラード著のホラー小説『シャイ・ガール』にAIが使用されている証拠が発見された。この作品は以前、自費出版で大きな話題を呼んでいた。ニューヨーク・タイムズ紙は、この疑惑を出版社のハシェット・ブック・グループに伝えた。その翌日、同社は『シャイ・ガール』の米国版発売を中止し、英国版の販売も停止することを決定した。その理由として、提示された証拠が同社のAI利用ポリシーに違反していることを挙げたのだ。『シャイ・ガール』は既に英国で数千部を売り上げているが、この報道を受けて数千部が店頭から回収されることになる。

 書籍の出版中止という決定は、アシェットのような出版社にとって重大な影響を及ぼす。出版社は、書籍の企画・編集・マーケティングに多大な時間と費用を投資している。さらに、出版プロセスを通じて著者に3回に分けて前払い金を支払うのが一般的である。ブック・インキュベーターの調査によると、2016年から2021年までの著者への前払い金の平均額は、回顧録で90,686ドル(約1400万円)、成人向けフィクションで65,908ドル、ヤングアダルトで50,718ドル、ミドルグレードで35,406ドルであった。ニューヨーク・マガジンによると、ノンフィクションの場合、外部のファクトチェッカーを雇う費用は、書籍の長さによって7,000ドルから10,000ドルに及ぶとのことだ。

『シャイ・ガール』の出版中止は、大手出版社がAIの使用を理由に小説の出版を中止した初めての事例として認識されており、今後出版社がこうした問題にどのように対処していくかの方向性を決定づける可能性がある。しかし、AIの使用レベルについて、すべての出版社が同じ考えを持っているわけではない。

 出版社は、著作権侵害から法的リスク、評判の低下に至るまで、AIに関する幅広いリスクに直面している。こうした変化し続けるリスクを効果的に軽減するためには、出版社は業界におけるAIの影響の全体像を理解し、許容される場合と許容されない場合について組織の立場を明確にし、従業員・著者・顧客に周知できる成熟したポリシーを策定することが不可欠となる。

書籍出版におけるAI関連の最大リスク

 芸術分野におけるAIの利用とそのリスクに関する議論は今も続いており、アシェット社の決定はいくつかの重要な問題を浮き彫りにした。出版社が直面するAI関連の最大リスクには、以下のようなものがある:

AI利用による著作権侵害

 著者が執筆・編集、または書き直しの過程で生成型AIを使用し、そのAIツールの学習に著作権で保護された作品を使用した場合、最終製品に著作権で保護された素材が含まれる可能性がある。これは、出版社にとって知的財産権侵害の法的リスクとなる。

 出版社がAIツールの使用を知らない場合、リスクはさらに高まる。著作権で保護された素材の使用について適切な許可を得ることは可能だが、「そもそも権利者が関与しているかどうか」を把握する必要があり、その発見には、通常、編集過程でオリジナル作品に対して行うような綿密な調査とは異なるレベルの精査が求められる。

 著作権侵害問題が発生した場合、出版社は訴訟を起こされ、弁護費用や和解金、罰金の支払いを強いられることになる。こうした経済的リスクはすべて出版社が負うことになるのだ。「出版社は著作権侵害コンテンツの配布に対して責任を負う」と、ハイムリッヒ法律事務所のアラン・ハイムリッヒ所長は述べている。「著者がAIを用いてオリジナル作品を制作したとしても、作品を配布する前に著作権法を遵守していることを確認するのは出版社の責任なのだ。

著作権保護の欠如

 もう一つの知的財産リスクは、「AI生成コンテンツには著作権が適用されない」ことである。「現行の米国著作権法では、人間が作品を制作していないため、誰もその作品を所有しておらず、所有権は存在しない」とハイムリッヒ氏は述べている。「したがって、こうした作品は著作権による保護の対象とならない。著者の権利が保護されていないため、出版業界には大きな空白が生じる。」

 その結果、著作権保護されていない作品が誰かにコピーされた場合、著者と出版社はそれを阻止する根拠を失ってしまう。

評判に対するダメージ

 AIの利用は、読者や消費者の目から見て出版社の評判を低下させる恐れもある。「読者はすでに出版社によるAIの非公開利用を疑い始めており、それを大きな裏切りと捉えている」と、作家で書籍編集者のポピー・ソロモン氏は語る。「読者は、本物の人間が書いた本物の本、つまり感情的に共感できる作品を求めている。今、読者はそれを失いつつあることを恐れている。AIだけでなく、出版業界全体の状況、そして読者が『ファストパブリッシング』*)と呼ぶ、いわば書籍版ファストファッションのような現象が、その原因となっているのだ。」

*)訳者注:「ファストパブリッシング(Fast Publishing)」とは、従来の数ヶ月〜数年かかる出版プロセスを大幅に短縮し、数日から数週間という極めて短いサイクルで本を市場に投入する出版手法やビジネスモデルのこと。

 AI使用疑惑は、著者と出版社双方の評判を傷つける可能性がある。こうした疑惑は著者の読者層に壊滅的な影響を与え、ソーシャルメディア上で論争を巻き起こし、著者のキャリアが始まる前に破滅させてしまう恐れがあるのだ。また、出版社がAI使用を検知できなかった場合、出版社の責任も問われることになる。

 ソロモン氏は、「出版社がAI使用を発見した場合、適切な調査を行う責任がある」と述べている。「理想的には、そもそも出版に至らないようにすべき」と彼女は主張する。「『シャイ・ガール』の場合、読者が既に明白だと感じていたAI使用について、多くの専門家は魔女狩りのような騒ぎになる前に指摘すべきであった。予防は治療に勝るのだ。」

出版社がAIリスクを軽減する方法

 判例法と専門倫理基準がまだ発展途上にあるため、出版社はAI関連リスクを軽減するために以下の対策を検討すべきであろう:

1. AI利用ポリシーの策定

 執筆過程におけるAIの使用を避けるか、あるいは使用している場合は「著者が出版社に開示する義務がある」が、AIの使用を検出し、ポリシーに違反する使用があった場合に適切な措置を講じるのは最終的には出版社の責任である。AI利用に関する統一された法律やガイドラインが存在しないため、各出版社は独自のポリシーを策定する必要があるのだ。例えば、アシェット社のAI利用ポリシーでは、すべての投稿作品はオリジナルでなければならず、著者は執筆過程でAIを使用した場合は出版社に開示しなければならないと規定している。

 これは良いスタートだが、AI 使用ポリシーでは次のことも達成する必要がある:

AI関連用語の定義

 AI 用語を明確に理解することから始めることが重要だ。 「著者との契約にはAI生成コンテンツを使用しないという条項があるが、実際にそれをどのように扱うかは、[著者]が[AIを使用]できないという包括的な声明よりも微妙だ」と、Publish Your Purposeの創設者兼発行者のジェン・グレース氏は述べている。 「著者が私たちを訪ねてきて、そのプロセスのどこかで AI の使用が話題になったとき、私たちが最初に話すべきは、AI 支援と AI 生成の違いを理解することである。これらは意味のある違いであり、この 2つを混同することは、責任と倫理を持って AI を使用している著者にとって不利益となる。

 ちなみに、「AI支援」とは、著者が思考を整理したり、文法をチェックしたり、構成案を検討したりするためにツールを使用したことを意味するかもしれない。「AI生成」とは、文章そのものがAIモデルによって生成され、人間の関与は最小限に抑えられていることを意味する。これらの違いを、すべてのスタッフ、エージェント、著者が閲覧できるポリシーで明確に定義することで、出版社が各AI関連用語をどのように定義するかについて、関係者全員の共通の出発点となる。

「許容されるAI利用」に関するガイダンスの提供

 AI関連用語が定義されたら、出版社は、出版を検討する際にどの程度のAI利用を許容できるかを判断するために、自問自答する必要がある。例えば、次のような質問だ。AIでアウトラインのみを作成した場合はどうだろう?著者がリサーチにAIを使用しただけの場合はどうだろうか?AIで編集のみを行った場合はどうだろう?書籍全体がAIで生成された場合のみ許容できないということか、それともニュアンスの違いがあるのだろうか?「多くのエージェントや出版社は、プロセスにAIが全く関与していないことを望んでいる」とソロモン氏は述べている。

 ハイムリッヒ氏は、会社のポリシーと著者契約の両方において、出版社の事前の書面による承認なしで許可されるAI利用、使用前に書面による承認が必要なAI利用、そして一切許可されないAI利用を明記すべきだと助言している。

2. 著者契約の更新

 著者契約は、基本的に著者が出版社の定める特定の条件に同意する契約である。これらの契約には、AI関連の免責条項と保証条項を含めることが不可欠であり、AIの開示要件を必ず明記する必要がある。

ハイムリッヒ氏は、「著者契約では、AIの利用を通じて作成された著作物の最終バージョンについて著者に責任を負わせ、著者が責任をAIツール自体に転嫁することを防ぐべきである」と述べている。 「さらに、出版社は、著作権侵害・盗作・虚偽の情報の提供、他人や団体のコンテンツを許可なく利用することに起因するあらゆる責任から出版社を保護することを著者に求める補償文言を著者契約書に組み込むべきである。」

 知的財産専門の弁護士でPractus, LLPのパートナーであるティム・ビリック氏は、保証条項の重要性を強調し、出版契約では著者に対し、すべての作品がオリジナルであり、他者の権利を侵害していないことを保証するよう求めることを推奨した。

 重要な点として、著者契約には、著者が調査などの作成・構成・執筆・改訂・編集に使用したすべてのAIツールを開示することを義務付ける条項を含める必要がある。この条項は、出版社が許可するAIの使用に関するガイドラインを補完するものであり、出版社が許可していない場合でも、著者はすべてのAI使用を開示しなければならない。

 出版社がAIの使用を全面的に禁止する場合、ソロモン氏は「AI関連書籍は受理されないことを、社内スタッフだけでなく、エージェントや原稿を提出する著者にも明確に伝える必要がある」と述べている。

3. AIの利用を見抜くためのスタッフ研修

「AIの正体を証明するのは難しい」とソロモン氏は語る。「ほとんどのAI検出ツールは機能しないため、スタッフがAIの利用を見抜くための研修を行うことは非常に有効だ」。残念ながら、AIは人間が書いたコンテンツで学習されているため、スタッフがAIの利用を見抜く方法を学ぶのは容易ではない。そのため、多くの「兆候」が、実際にはAIによるものではないにもかかわらず、AI生成だと誤って判断されてしまうことがある。編集者やファクトチェッカーが注意すべき点もいくつかある。

「原稿で見かける最も面白い検出は、AIの回答をそのまま残しているケースだ」とソロモン氏は言う。「AIが編集した文章を、AIの回答を削除せずにそのままコピー&ペーストして本に載せているのだ」。

 例えば、ソロモン氏によれば、その場面は次のようなものになる:

よりリアルに編集した場合のセリフはこちらです。

「ねえ、ジェニー!ゴミ出しした?」
「キッチン掃除で忙しかったの!」

 これは比較的簡単に見抜ける不審な例だが、中にはそれほど明白ではないものもある。ソロモン氏によると、AIが生成したテキストによく見られる兆候としては、ダッシュの多用や受動態の使用などが挙げられる。これらの兆候が一つでも見られるからといって、必ずしもAIが生成した文章であるとは限らないが、さらなる調査が必要となる疑問ではある。

 アシェット社が『シャイ・ガール』の出版を取りやめたことは、出版業界全体にAI生成書籍は受け入れられないというメッセージを送ることになるかもしれないが、そう単純な話ではない。「出版社の舞台裏で実際に何が起こっているのかを知るのは難しい」とソロモン氏は語る。「AIに関しては明確なルールはない。読者ができることは、出版社にAIの使用を拒否するよう働きかけ続けることだけだ。ただし、告発がもたらす影響を常に念頭に置いておく必要がある。[AIの使用は]読者、著者、そして出版業界全体にとって公平ではない。大手出版社5社のうちの1社がこのような決断を下したことで、他の出版社もそれに続くことを期待したい。」

トピック
人工知能、新興リスク、法的リスク、評判リスク、リスクマネジメント


注意事項:この記事は、” Recent Publishing Controversy Highlights Companies’ Need for AI Use Policies,” Jennifer Post | June 12, 2026, RIMS Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2026/06/12/recent-publishing-controversy-highlights-companies’-need-for-ai-use-policies) をRIMS日本支部が翻訳したものであり、原文と訳文に差異がある場合には原文を優先します。

ジェニファー・ポストは『リスクマネジメント』誌の編集者。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。